二話 遺跡の里7(ⅱ)

 あの夜から姿を見かけない者は多い。遺骸も損傷が激しいものが多く、老司祭をはじめとする里の僧が尽力しているが、まだ正確に被害状況はわかっていないようだ。
 彼女――エスタークに到着した日に寺院で出会った、恋人を亡くした女性もまた、あの夜から姿を見なくなった一人だそうだ。一番被害が甚大な、幻妖が現れたと推測されるちょうどこの辺りに、彼女の家はあったらしい。この近辺に住む者は誰も助かっておらず、彼女もまた真っ先に被害にあった一人だろうと考えられていた。その推測はおおむねのところで、ディンも賛成だ。
 ディンが探しているのはそれ以上の証拠だった。光を弾くものを探して、焦げた大地に目をこらす。
 山で見たものと同じ、砕けた祈祷石の欠片。
 証拠があるわけではないし、今はまだ推測の域をでない。
 でも、もし推測が間違っていないとすれば、祈祷石――いや正確には紫煌石、あれは幻妖の卵なのではないだろうか。
 幻妖とは寄生虫みたいなものなのではないだろうかと思うのだ。人間を養分にして育ち、蝶のように孵化するのだ。ひとの体を食い破って。

 ディンがそう考えるようになったきっかけは、父が残した手記だ。
 寺院内部でも一部上層部だけが知る秘密だが、紫煌石は子ども石を生む。信者に配られる祈祷石の中には百何十かに一つ、玻璃ではなく子ども石を使用したものが混じっているのだ。紫煌石から孵化した幻妖は人間の内にとりつき、宿主を食い荒らして誕生する。
 手記にはそう書かれ、それこそが幻妖が忽然と里に現れる原因ではないのかと、父は考えていたようだ。
 実際、幻妖が人里以外の場所に現れる確率は極めて低い。そして幻妖が倒れたあとに必ず残っているという祈祷石の破片らしきもの。
 もしあのとき彼女が落とした祈祷石が、紫煌石を模した玻璃玉でなく、子ども石だとしたら。もちろん彼女に限らず、この辺りに住んでいた者が子ども石でできた祈祷石を持っていたとしたら。そのひとが何かのきっかけで、幻妖の卵を――子ども石を孵化させてしまったのだとしたら。

 だがどこにも、破片はなかった。もしかしたら踏み荒らされ、散り散りになってしまったのかもしれない。
「もし……」
 唐突に背中にかかった声に、ディンは跳ねるようにして振り返った。心臓がドキドキいっている。己の考えに没頭していて、ひとの気配に気がつかなかったのだ。
 視線の先ではルーシェが、仔ブタを抱いてたたずんでいた。
「もしこの世の願いをすべて叶える石があったとしたら、ディン、おまえ、どうする?」
「願いをすべて? 何でもいいのか?」
「そう。何でも、何でもいいよ。死んだひとを生き返らせるのでも、この焼けた里をもとに戻すのでもいい。おまえの望み、幻妖をこの世界から消し去るのでもいい」
 その言い様ははまるで紫煌石を思わせる。
 祈る者すべてしあわせへと導くという神の教え。その証である、祈りをすべて聞き届けるという紫煌石。でも本当は紫煌石が誰もしあわせになどしない、返って不幸にするだけかもしれないことを、ディンは知っている。
 けれどもし、本当にそんな石が存在するとして、自分は望みを叶えようとするだろうか。

 ルーシェはディンに目を向けることなく、丘の方を見ていた。代わりのようにブリリアントのつぶらな目が、真意を探る鋭い眼差しを向けてくる。目が自分に向けられていなくても、人型の幻妖の全神経が注がれていることを、ディンはひしひしと感じていた。
「もしそんな石が本当にあったら、おまえは幻妖の王の消滅を願うか?」
 ディンは頭を振り、それから声にだして否を伝える。
「どうして?」
「ルーシェ、いっただろう。幻妖の出現する数が増え、強堅になり、戦争のつくりだす悲しみはなくなった。だけど幻妖が生みだす悲しみが世界を支配したんだって」
 悲しみは減りはしない――それはディンには重い現実。でも。
 ――欲しいものを楽して得ようとしてはいけないよ、ディン。
 叔母の口癖が耳に返る。
「それは自分で努力して得たものでなければ、すぐになくしてしまうってことだろう? 例えばひとからもらって何かを得たとしても、すぐ失われる。自分で苦労して得たものじゃないからだ。ひとはそれを保持する努力をしないし、保持する力も持ってない。だってそれを得るために何の努力もしてないから」
「努力して得たものではないから……」
 振り返ったルーシェを見返して、ディンはうなずいた。
「努力して得たものなら、なくしてもまた手にいれられる。した努力は必ず力になってるから。だから現実にそんな石があっても、俺は願いを叶えようとは考えないと思う」

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