二話 遺跡の里7(ⅰ)

 外にでると、焦げたにおいが鼻腔にひろがった。土と緑と、山から吹きおろす水気を含んだ風のにおいのする里だったのに、それを取り戻すのにどれくらいかかるのだろうか。
 建物も農地も、里の三分の二ほどが焼けてしまっていた。寺院の周りや、村外れが少しばかり焼け残っている。
 しかしそれでも、一夜にして街が一つや二つ消えてしまうこともある幻妖の被害としては、とても軽微だ。もちろん、その事実で里人の悲しみやつらさ、これからの苦労を軽くするわけではない。

 焼け残った場所にはいくつもの大型の天幕が張られていた。ディンのように負傷したりまた患っている者は、焼け残った建物に優先的に収容されたが、家を失った大半の里人はこの天幕に入った。親類縁者を頼って里をでていく者以外は、代わりができるまでしばらくは仮住まいということとなる。
 天幕にいるのは家を焼失したひとたちばかりではない。幻妖がでたと聞いて駆けつけてきた騎士たちもまた、天幕で暮らしている。騎士たちの仕事は幻妖退治だけではない。そのあとの始末も彼らの仕事の一つだ。
 幻妖に破壊された建造物などを片付け、あとから来る大工たちなどの技術者に働きやすい場所を提供するのだ。幻妖の被害を受けた里は、地域の教区長の指導のもと、こうして教区内の寺院から僧や技術者が派遣され、復旧支援が行われる。
 それら外からきた者たちで、里は常になく活気づいていた。炊きだしが行われ、焼け残った家の残骸を片づける騎士や僧たちにまじり、片付いた場所から家を建ちはじめている。今回はなにもかも焼けてしまったので片付ける手間がはぶけ、返って早く、ディンが寝込んでいた間に復旧作業がはじまっていたようだ。

 ディンが寝こんでいたのは二日ほどだった。寝台を離れる許可がでるのにもう一日かかった。
 幻妖にやられた傷のほとんどは、寝台で目が覚めたときには癒えていた。たぶんルーシェが助けてくれたのだと思う。でなければこんな短時間で治る傷とは思えなかった。
 幻妖を倒したあと気を失い、次に目覚めるまでの間ずっと、水の中に漂うような浮遊感と、乾したての寝具にくるまれる温かさを、同時に感じていた。暖かくてふわふわとした、幼いころ、両親の寝台に潜りこんだときのような安心感に、全身を包まれていた。
 ルーシェにそのことを聞いてみたが、何も答えてはくれなかった。寝こんでいた間ずっとついていてくれたようが、機嫌は最悪だった。今朝目覚めるとそのルーシェの姿は部屋にはなく、それを起きあがる許可と勝手に解釈して起きだしてきたのである。

 行き交う人々の間を、ディンは一人歩く。向かうのは幻妖と戦った場所だ。
 幻妖に関しては、教区寺院から派遣された騎士にいろいろ聞かれたが、早々に気を失ったのでわからないと答えた。騎士はそれで納得した。子どもがたった一人でどうこうできるものではないからだ、幻妖というものは。
 ディン自身、夢ではないのか……と何度も思った。たぶん、体に残った傷跡と痛み、それからいつもより特に不機嫌なルーシェがいるから、現実だったのだと認識しているだけだ。
 気分的には信じられない気持ちの方がずっと勝っている。

 幻妖の首に剣を振り降ろしたとき、跳ね返される硬い手応えに手がしびれた。剣を取り落としそうになったのをよく覚えている。
 だが口の中を突き上げたときに感じた手応えは、肉が絡む重い感触だった。
 口の中が弱点なのかという議論はするだけ無駄だろう。幻妖との戦いの歴史の中で、それを試さなかったとは思えないからだ。
 一度手を離してしまった剣を再び握ったとき、それまでの感触とはまったく違っていた。柄を握ったときの感触も微妙に違ったように思う。なにより軽かった。
 状況が状況だったので剣を見ている余裕などなかったが、それはディンが祖父のところから持ちだしたものとは明らかに違っていた。
 目覚めてからすぐに確認したが、そのときにはもういつもの剣だった。

 もしかするとあのときの剣が、古木の幻妖がいっていた剣なのかもしれない。
 幻妖を倒せるかもしれない、紫煌石とともに掘りだされという一降りの剣。
 そうだとすれば何故、あの一瞬だけ伝説の剣はディンの手の中にあったのだろう。
 村の西端にたどり着いたディンは、辺りを見まわした。黒く焼け焦げた地面には、見事なくらいなにもない。ディンはその焦げた土の上をつぶさに見て歩いた。
 幻妖が倒れた場所はどこだったか、闇と炎にまかれていたあの夜と、朝の光が目映い今とでは、印象が異なりすぎてよくわからない。一番激しく火にまかれ、焼け残っているものさえないか、らここが現場だろうと推察するだけだ。

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