二話 遺跡の里4

 うなりに似た音が、遠く低く耳に響いてくる。
 丘の上に城があり、城を取り巻いて末広がりに広がるのは城下町だ。その街が燃えていた。轟々と渦巻く炎はなにもかも燃やしつくし、空をふさぐ煙は奪った戦利品を誇るようだ。
 うなりの向こうから切れ切れに届く音が、ディンを縛っていた。奮い立つ勇ましい声。馬の地を駆るひづめの音といななき。剣を交わす火花散る音。逃げまどう人々の悲鳴。届く音は多くの情報を伝えてくる。燃え盛る炎の向こうに、入り乱れる人馬が見える気さえした。

 炎に包まれた街は、熱気にゆらゆらとゆれて、よく知っている街のようにも、まったく知らない街のようにも見える。離れた場所で馬上から、炎にのまれていく街をディンは見つめていた。おそろしくて、目を逸らして逃げだしたいのに、何故か目が離せない。
 いや、理由はわかっている。怖いからだ。おそろしいから。だからこそ目が離せない。

 きっと、あの炎の中にいたのなら、恐怖を感じる必要などなかった。生命が危険にさらされ、体が震え足が竦んだとしても、でも、心は毅然としていられたはずだ。
 恐れているのは逃げだしてきたから。一人安全な場所に落ちのびてしまったから。だからおそろしくてしょうがない。心が竦んでしまっていた。
「さあ、すぐに追っ手がまいります。今夜中に山を越えなければ」
 供の者にうながされても、ディンは逃げだしてきた場所から目が離せなかった。たずなをとられ馬が進みだしても、目があとにしてきた場所を求めてしまうのを止められなかった。

「お逃げください!」
 馬が荒々しく足踏みし、いなないた。興奮する騎馬をたずなでいなしながら、供の一人が鋭くディンを振り返る。声とともに、周囲の景色ががらりと変わった。
 森の中だった。逃走中の一行に明かりは望むべくもない。空を覆う煙に炎が反射し、薄ぼんやりと明るいのがせめてもの救いだ。暗がりの中、ディンと、付き従う数人の共の者たちは立ちつくしていた。一向はみな息を殺し、きた道を振り返って目を凝らす。

 ひづめの音が地響きのように近づいてきていた。一頭ではない。複数のひづめが、荒々しく地面を蹴立て迫ってくる。木立を透かし見え隠れする、松明の明かりに圧倒された。ただの残党狩りではない。自分が落ち延びたことに気づき、追ってきたのかもしれない。逃げろといった騎士が剣を抜きながら、ディンの騎馬のたずなを握った同僚へと先をうながす。
「お連れしろ。なんとしてもお護りするんだ」
 いやだという時間さえなかった。背後ばかりを気にしていた一行の腹をつき、敵が現れる。別働隊がいたのだ。

 またたく間に、敵味方人馬入り乱れて混戦になった。ディンも腰の剣を抜く。だが密接した場で交わされる剣戟に、構えているのが精一杯だった。動けずにいるディンの前に、敵の一人が躍りでる。ディンは身動ぐこともできず、ただ振り上げられた白刃を見つめる。
「早く……!」
 ディンと刃の間に、供の者が強引に体をねじこんだ。凶刃を己の体で受けとめた男の血が、ディンの視界を赤く染めて……。

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