二話 遺跡の里3(ⅲ)

「……なるほど、そういうことか。誰が?」
「友だちだ。アデルといって、ジイさまが俺につけてくれた世話役兼家庭教師だった」
 幻妖を倒せなければ、封印するしかない。だが封印にもまた犠牲はついてくる。封印には人柱を必要とするからだ。封じのため、幻妖ともに生きたまま埋めるのだ。
 アデルは自分で望んで人柱になった。本来、剣を持って幻妖と戦うことこそを望んでいた。幻妖との戦闘においてもっとも必要とされるのは、恵まれた体躯や身体能力ではない。それでも激しい運動をこなすだけの体力自体を持たなかった彼女は、だから――。

「悲しみなんて……」
 ルーシェの声が深みを増した。きしむ心にやわらかくふれてくる。
「そのへんにいくらでも転がってる。確かに今、この世界を覆っている悲しみやつらさの大半は、幻妖が生みだしたものかもしれない。けどね、たぶん幻妖がいなくなったとしても、悲しみはなくならない。また別の悲しみが世界を覆うだけで」

 恋人が幻妖に殺された。だが、幻妖に殺されたのでなかったとしても、恋人が死んだら悲しいだろう。ディンの両親も、ドレイクたちも、間接的にだがアデルも幻妖に殺された。けれど病気や事故でなくなったとしても、同じくらい悲しかったはずだ。
 里をまた見おろす。幻妖さえいなくなれば悲しみもつらさも、絶えてなくなると思っていたわけでは決してない。でも今よりずっと少なく、平穏な世界になると思っていた。
 しかし、悲しみは減りはしないのだろうか。その結論は、ディンには少し重い。

「戦争は、何故なくなったんだ?」
 夜気を運んで風が丘をくだっていく。日は沈み、夕明かり残るの空を、鳥が鳴きながら森へと家路を急ぐ。どれくらい沈黙していただろう。急速に闇が落ち、答える気はないのだと思いはじめたころ、今まで黙ってやりとりを聞いていたブリリアントが口を開いた。
「ぶーぶひ、ぶぶひぶひぷぎぶぶぶひ……」
 内容はわからない。ただ優しく耳に届く声に、ルーシェは半身を起こして苦笑した。

「心配ないよ、大丈夫だから――戦争がなくなったのはね、幻妖が強くなって、同時にひんぱんに出現するようになったからだ」
 オウム返しに尋ねると、ルーシェはうなずいて立ち上がり、ブリリアントを抱きあげる。
「幻妖が、特に戦争が激化するにつれ頻出するようになって、下手すると狭い地域に何頭もの幻妖が同時に出現して……。だから人間は戦争をやめたんだ」
 立ちつくして淡々と語るルーシェの表情は闇に呑まれ、ディンのところからはうかがうことができなかった。

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