二話 遺跡の里3(ⅱ)

「それに赤は、血の色を思いださせる。おまえだって今、見たい色じゃないんじゃないの」
 ――ぼっちゃん。
 心臓が一度、大きく跳ねた。ドレイクの声とともに、彼のひとの悪い笑みがありありと返る。くらりと、貧血を起こしたように頭の芯が揺れる。旅してきた仲間たちのまだ生きていたときの姿と、目に焼きつけてきた彼らの無惨な姿――。多くの光景が矢継ぎ早に脳裏を塗りかえていく。たまらずディンは固く目を閉じた。

 衝動をやり過ごしてとなりに目を向けると、ルーシェは相変わらず目をつむったままだ。表情がわずかにくもっている気がして、ディンは長いまつげが濃く影を落とす顔を見つめた。彼女には、夕焼けの色からでさえ連想せずにはいられない、つらい記憶があるのだろうか。
「……恋人が幻妖に殺されたという女のひとに――あった」
「珍しくもない」
「昔まだここに城があったころは、珍しいことだったんだろうか?」

 はじめてルーシェがまぶたを開いた。紫色のうつくしい目がディンをまたたきもせずにとらえ、一瞬ディンはまた、彼女の中のなにかに不用意にふれてしまったのかとあやぶむ。
 しばらくじっとディンを見すえていたルーシェは、興味を失ったようにまたまぶたを伏せた。少しほっとするが、態度だけでは確実に懸念が杞憂だといいきれないのが、短時間ながらディンが学んだ彼女の性格だ。様子をうかがいつつ、ディンは問いを重ねる。

「ルーシェは、戦争を知っているか?」
「知ってるよ。ジジイほどじゃないにしろ、わたしも長生きだからね」
「見たこともあるのか?」
「ある。……見たところで、心弾むようなものでも、自慢できるものでもないけどね」
「どうして戦争なんて起こるんだろう?」
「さあ? 幻妖のわたしに人間のことなんてわかろうわけもない」

「たくさんのひとが死ぬんだと聞いた。悲しいことはいろいろあるけど、俺は、それでも幻妖さえいなくなれば、悲しみは減るんだと思っていたんだ」
 素直な気持ちを明かすと、ルーシェは苦笑をもらす。でもそれはバカにしたようなものではなかった。苦笑をきっかけに、沈黙が落ちた。しばらくは草をゆらし丘を渡っていく風の音を聞いていたが、風にのまれそうな声で沈黙を破ったのはルーシェだった。
「王が生まれてきて幻妖が強くなったって……誰に聞いたの? 確か、寺院ではその説、否定されてたはずだ」

「父さんだ」
 それまでも苦労はしたが滅ぼすことができていたはずの幻妖が、ある日を境に歯が立たない存在になった。王が生まれたからだと、どこからともなく噂がたった。もう六〇〇年以上も前の話だそうだ。だがいまだ誰も姿を見たことがない王の存在を、寺院は否定している。だが父は信じていた。もちろんディンもだ。
「昔よく寝る前に、そういう話をしてくれた」
「なんつう寝物語なんだか」
 相変わらず目をつむったまま少しだけ笑ったルーシェは、すぐに笑みを納める。

「父親が死んでから、どれくらい?」
「四つの時だから……もう六年か」
「今までは大人しくしてたんだろう?」
 指折り数えていたディンは一瞬動きをとめた。胸の中に広がる苦いものに顔がゆがむのをとめられないまま、ルーシェを見る。
「……幻妖の封印――どうするか知っているか?」

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