二話 遺跡の里3(ⅰ)

 ――彼女には婚約者がいて、街にでたままずっと何年も帰ってこなかったのです。手紙を書いても返事はなく、彼女はずっと婚約者を案じていました。病気で苦しんでいるのではないか、もしかしたら心変わりしたのではないかと。

 違ったのかと問うと、肯定が返ってきた。

 ――ええ。今日、彼の知りあいだという親切な方が、幻妖に殺されたのだと、そう……。

 彼女を追ってきた司祭の話を、丘をのぼりながら返して、ディンは暮色につつまれた村をふりかえる。集落の中心からはずれた場所に寺院があり、集落のまわりに耕作地がひろがる。

 親切なひととは誰だろう。亡くなったと、わざわざ伝えにきてくれるなんてことは、そうそうない。エスタークは街道からもはずれた小さな里だ。ついでということもあるまい。
 エスタークに用事があるといっていた。古木のところでは上機嫌だった横顔は、村に近づくにつれ気鬱に陰っていった。道中のルーシェの様子を思い返して、親切なひととは彼女のことなのかもしれないディンは思った。

 ふいにブリリアントが駆けだすのが横目に映り、ディンは丘へと目を戻す。頂上あたりには、石積みが草に埋もれて点在していた。エスターク公国の城跡だろう。短い足を駆使して駆けあがる仔ブタのいく手に目を凝らしたディンは、石積みの間に求める姿を見つけた。
 ディンは並んで丘をのぼってきた相棒を追いながら、その背に苦笑する。草の上に寝転がる幻妖へと駆けつける仔ブタの足取りは、軽く弾んでいた。よほどルーシェが消えてしまいはしないかと、不安だったらしい。

「こんなところにいたのか。寺院で待ってるといっただろう」
「ばぁか、わたしが寺院にいってどうする」
 目も開けず、腹のところに仔ブタを抱いて、ルーシェはいかにも面倒げだ。
「気にしないといわなかったか? 俺を送ってくれるといったとき」
「わたしが気にしなくても相手が気にする」
「俺は気にしない」
「誰がおまえの話をしてる――だいたい、おまえのことだからばか正直に、幻妖に助けられたとかいってきたんだろう。騒ぎになるのはごめんだ。ムダな殺生はしたくない」

 まるで見てきたような言いぐさに、内心を見透かされたみたいな気持ちになる。嘘や誤魔化しは苦手だ。ただ、ルーシェのことを正直に申告することが、どういう結果を招くことになるかくらいは想像がつく。優しい目の老司祭に嘘をつくのは気がひけたが、幻妖はドレイクたちが倒したことにした。

「へぇ、それは上でき」
 のどの奥で笑うルーシェに、別れる前に取りついていた気鬱の影はない。ディンは寝転ぶ幻妖に並んで座った。里には夕げの支度だろう煙が細くいく筋も立ち昇り、時を告げる寺院の鐘の音が、家路につくひとの足を急かしていた。赤くとろけるように形を崩した太陽が、里の向こう――離れた場所にある古木がいる森へと、人々の営みを赤く染めかえながら沈んでいく。

 ゴートをでてきてからというもの、強行軍でゆっくり景色を見るヒマなどなかった。いや、総本山にいたころからずいぶんと長い間、余裕なんてなかった気がする。いつも祖父といい争ってばかりで、時間はあっても景色を見る余裕など、持てていなかった。
「きれいだな」

「そう?」何もかもが赤く染まった里を見もせず、ルーシェはとげとげしい声を聞かせる。「好きじゃない。何もかも、燃えてるみたいで」
 そんなふうにいわれれば確かに、夕日に照り映える景色は、火に焼かれているようだといえなくもない。

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