二話 遺跡の里1(ⅱ)

「ああ、よい絵でしょう。私はこの絵を見ていると、とても落ち着いた気分になるのです。ずいぶんと昔の絵で、エスターク公国の最後の姫君を描いたものだとか」
「エスターク? この里の名も確か……」
「そうです。この里の名前もエスターク。ここは昔、エスターク公国の都だったそうです。今は単なる田舎ですけどね」
 ディンを手招いて部屋をでると、廊下を老司祭は先にたって歩いていく。
「昔、最後の大戦と呼ばれるとても大きな戦争があって、公国は滅びたのだそうです」
 戦争……と、聞いたことがある言葉をディンがくり返す。司祭はふり返ってうなずいた。

「学習会で習われたでしょう。国家間の武力衝突をそういったのです。国というのは、都市や村がいくつも集まってできる集合体のことです。
まだ寺院が今のように力をもっていない時代のことです。大小の国がいくつもあって、違う国に生まれたひととひとが、自国を豊かにするためだったり守るためだったり、国の威信や、信仰する神、思想の違い、ときには肌や髪、目の色が違いから武器をとり、殺しあうのだとか。何百、ときには何千という人間が亡くなるのだそうです。
昔はそんな戦争が、頻繁に行われていたようです」
「実際にそんなことがあったのでしょうか? 先生に話を聞いても信じられませんでした。昔のひとは話しあうことをしなかったんでしょうか。目や髪や肌の色の違いなんて、それが何故殺しあう理由になるんでしょうか?」
 個人間での殺人の話は、人々の話を広く聞き、さまざまな仲介を務める寺院では、悲しいことだが耳にする。端から見れば些細なことで諍い、ときとして刃傷沙汰にまで発展し、大きな悲しみを生み、禍根を残す。
 それを国家、また何百何千という規模で行うなどと、ディンにはとうてい信じられない。

「幻妖のために、多くの命が呆気なく失われます。幻妖に対する人々の恨みは、とても深い。なのに同じ人間同士で多くの命を奪いあうなど、考えられないことです――ああ、あそこです」
 司祭が声をかけながら、突きあたり扉を開ける。さんぜんと光に射られて、ディンは目を細めた。屋外はよく晴れていて、昼下がりのまばゆい陽光は、薄暗い場所に慣れた目には酷だった。手でひさしをして表にでると、シワ深い手が示す方向へとディンはくらむ目を凝らした。
「……丘?」
「ええ。城跡なのですよ。もし興味がおありだったら、登ってごらんなさい」
「あの絵の庭も、あそこにあったんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。あの丘に立つと、国が滅びるとき、ルシェーラ姫が何を思っていたのかと、思わずにはいられません」
 司祭の言葉に、ディンは打たれたように彼を見上げる。

「……ルーシェ」
「そう呼ばれていたかもしれませんね」
 つぶやいた言葉を聞きとめて、司祭は微笑んで肯定してくれた。けれど表にはださず否定し、ディンは丘を見つめる。
 建物どころか樹木も見えない、なだらかな丘。
 遥か昔に戦争で滅んだ国――エスターク。その国の最後の姫――ルシェーラ。
 ルーシェは幻妖だ。彼女がおよそ幻妖らしくなく人間じみていたとしても、彼女いわくでき損ないだったとしても、彼女が幻妖である以上、どれほど絵の乙女がルーシェを彷彿とさせようと、あくまで別人でしかない――はずなのだ、普通に考えれば。

 ディンの脳裏に亡国の姫君の絵は、強く強く焼きついてはなれなかった。

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