二話 遺跡の里1(ⅰ)

「そう……ですか」
 はるか昔に失われた剣を、寺院は今でも探している――が、さして真剣ではない。失われてひさしく、手元にないことが常態になってしまっているのだ。
 いや剣は半ば伝説と化し、実在するのかさえ疑問視されている。ディンも古木の幻妖に話を聞くまでは、紫煌石と対になる剣など箔づけのための方弁だと思っていた。 それはここエスタークの寺院の司祭も同じだったようだ。

 予想通りの返答だった。それでも残念に思う気持ちはおさえられなかった。
「お役にたてずもうしわけない。しかし我らの偉大なる同志はかならず、一刻も早く総本山に帰れるように尽力いたしましょう」
 気づかう声に、ディンは司祭をあらためて見る。ディンが着ている旅の略装とは違い、司祭は上衣の裾と袖の袂が長いお仕着せを着て、質素だが、掃除のいきとどいた部屋で、椅子にきちんと背筋を伸ばして座っていた。
 卓のうえに置かれた手はシワ深く、髪も真っ白の老翁だ。人のよさそうな顔と、おだやかに澄んだ湖を思わせる目が、彼のひととなりを思わせた。
 そんな老司祭に労わるように微笑みかけられると、いつまでも落ちこんではいられず、気持ちを切りかえる。よろしくお願いしますと頭をさげたディンに、司祭はうなずいた。

「しかし、貴公はこれかどうなさるおつもりですか?」
 ガリエラへの旅をつづけますと答えると、老翁の柔和な容貌が心配にくもった。
「貴公はまだ成人前でございましょう。ガリエラに現れた幻妖は、それは強大だと聞きおよんでいます。エンデ教区長は金獅子どのの召還を総本山にお求めになり、総大司教もお許しになったとか。彼の方が指揮を執らねばならぬほど、ガリエラの幻妖は常になく手強いということでしょう。せっかく助けていただいたお命、大事になさるのが失われた命に対する努め」
 司祭の説教はもっともだ。心配されているのもわかる。だが、素直にうなずけない。

「おっしゃる通りだと思います。ですが、俺は幻妖に襲われることのない世界にしたくて、そのために総本山をでてきました。みんなはわかってくれたからこそ、俺を連れてきてくれました。だから俺は、自分の意志を貫くことこそが、みんなに対する感謝になると思っています」
 答えたディンを、司祭がじっと見すえる。覚悟のほどを知ろうとする彼の眼差しを受けとめ、ディンはまっすぐ見つめ返した。
 視線を交えたまま、どれくらい経っただろう。
 ふと、つめていた息を開放すると、老司祭は穏やかに微笑んだ。
「あなたの志が叶うよう、私も陰ながらお祈りしましょう。ですが、どうぞお気をつけて」

 感謝を述べると、司祭の笑みにほろ苦いものがまじった。
「いいえ。まだお若いあなたがたいへん険しい道をお進みになろうというのに、なにもできない我が身を情けなく思います」
「そんなことはありません。司祭さまがそうやって、お説教で人々の心を癒し導いておられるように、俺は、俺のできることをしようと思っているだけです」
「その通りですね。ひとは自分にできることを精一杯努めるしかありません。ですが手段は違っていても、心は同じくしていたいと思います。私もできる限り剣の情報を集めてみましょう。古い文献をあたれば、なにかわかるかもしれません」
「ありがとうございます。ガリエラの帰りに、また訪ねてもよいでしょうか?」
 ぜひといってくれた老司祭に、礼と一晩の宿を請うて、席を立つ。部屋を退出しようとふり返ったとき、扉脇に飾られている絵に目をとられ、ディンは立ちどまった。

 ルー……シェ?
 どこかの庭園だろうか。奥に向かって淡い色の花をつけた木が等間隔に並び、手前には噴水がある。噴きあげる水のかたわらに立つのは長い銀糸の髪の華奢な乙女だ。柔らかい陽射しにきらめく水飛沫を、乙女はじっと見つめていた。
 大きな絵ではない。ディンにも抱えられるほどのものだ。これくらいの画布で遠景とくれば、目の色や面立ちまでははっきり描かれていない。
 だが見た瞬間、直感的にルーシェだと思った。

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