一話 大志を抱く少年6(ⅱ)

 苔むした太い幹は周りと比べみても特に立派だった。
そこに刻まれたシワ深い老人の顔が、シワシワとした口元で明瞭としない声を発し、ディンは思わず一歩後退る。
 古木は困った顔で、空にむかっていっぱいに広げた枝葉を風にそよがせながら、こちらを見つめている。深いシワに埋もれかけた目が紫であることに気づき、ディンは剣を収め、柄から手を放した。
 この古木が、ルーシェが紹介してくれようとしている幻妖なのだろう。
「紹介するよ」
 相変わらずひとの悪い顔で笑いながら、ルーシェはディンを古木のかたわらに手招く。
「ジジイだ」

「そのいいようはあんまりじゃろうて。お連れがびっくりしておるぞ。それにしても珍しいの。ルーシェが現れるだけでも十分まれなことだというに、そのおぬしがブリリアント以外の連れをとものうておるとは。それも人間の子どもをだ」
「すぐにひとのことを詮索しようとする。暇を持て余してるにしても趣味が悪い」
「おぬしも年々口が悪くなるの。最初に会うたときは、はかなげな美少女だったのに」
「これだから年よりは困る。すぐに昔話をしたがるんだから」
「おぬしもひとのことはいえん歳じゃて」
 古木が笑うと、枝葉が音をたてて揺れる。突然の揺れに、小動物たちが慌てふためく鳴き声が聞こえた。樹上を仰いで目を凝らすと、枝には栗鼠や小鳥たちの姿が見える。
 辺りをよくよく見まわすと、鹿や猪や兎、他にもいろんな動物たちが、狼や熊とともに古木の傍に集っていた。
 捕食者と非捕食者が仲良く並んでいる、非常識な光景だ。
 幻妖の傍にいることを考えれば、狼と兎が並んでいたところでどれほどのこともないのかもしれないが。

「やかましい。それよりこの子、ディンっていうんだ。昔わたしに教えてくれたように、この子にもいろいろ教えてやってくれないか」
 背を押されて一歩前に出たディンと、その背をおすルーシェとを、古木は目を細めて等分に見つめる。
「少年よ、何が知りたい?」
「はじめてお目にかかる、翁。もしご存知なら、幻妖の王を倒す方法を教えてほしい」
「なんと、幻妖の王を……」
 古木は呟いてルーシェに目をむける。つられてディンもふり返ると、彼女はしゃがみこんで仔ブタの頭をなでていた。
 見られていることに気づかないのか、わかっていて気づかないふりをしているのか。
 目をあげない彼女に息をつき、古木はディンに目を戻した。

「今は寺院とだけ呼ばれているそなたたちの教団が、昔は聖なる石の教えと名乗っていたことを知っておるかね?」
「寺院の学習会で習いました」
 昔は多くの信仰が存在したのだそうだ。
 今では並ぶものなき寺院だが、当時は有象無象の宗教の中の一つにすぎなかった。知名度もなく信者もほとんどいない、無名の教団だったのだそうだ。
 寺院を一躍有名にしたのは幻妖だ。
 昔から幻妖は存在したが、今ほど手に負えない存在ではなかった。だが幻妖が強堅な肉体を得、彼らに有効なのが寺院で鍛えられた武器だけだとわかるやいなや、寺院が擁する信者の数はうなぎのぼりに増えた。そして他の宗教は衰退していった。
 今ではわずかに生き残った教団が、地方でささやかに活動していると聞く。

「昔、セリシアという女がおった。彼女の父は大きな農園を持っておっての。ある日農地拡大のため原野を開拓をしておったとき、農奴がきらめきを宿した、たいそううつくしい紫の石を掘りだしたという。それが紫煌石じゃ。
彼女は石にふれたとき神の声を聞いたといい、教団を起こし教祖となった」
 紫煌石というのは、大の男ほどもある淡い紫色をした水晶に似た結晶で、その中心に光を宿している。
 他には類をみないこの大変貴重な石は、寺院の象徴であり、ご神体として普段は厳重な警護のもとにある。ディンも数えるほどしか見たことがなかった。
 だが紫煌石は一度見れば、忘れることなどかなわない。光のきらめきは淡く濃く、炎のように一瞬たりとも姿をとどめることなく揺らめく。
 その様子はまるで、生気を宿した魂のようだと謳われる、とてもうつくしい石だ。

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