一話 大志を抱く少年6(ⅰ)

「熱はさがったか?」
 ひんやりしたてのひらが額に押しつけられる感触で、ディンは目覚めた。のぞきこむルーシェ越しの木もれ日に痛みを覚えて、いつ眠ったのか記憶にない寝不足の目がしょぼついた。
「まだ少し熱があるな。つらいか?」
 案じる表情はまるで、昨夜のことなどなかったようだ。ディンは少し釈然としないものを感じつつ、いやと頭をふった。
「大丈夫だ。これくらいで音をあげていられない」
「無理しなくていい。とりあえず起きて朝食を済ませろ。抱えて飛ぶから」
 屈託なく、立ちあがったルーシェは笑う。
「王が生まれる前から生きてる幻妖がいるから、紹介してやるよ。あいつならなにか知ってるかもしれない」
 ルーシェの言葉にディンは跳ね起きた。コロコロとすぐ機嫌が変わる彼女のことだ、いつやっぱりやめたといいだすかわからない。

 大急ぎで携帯食料で朝食を済ませ、仔ブタを抱きあげると、ルーシェに背負われてディンは初めて空を飛ぶという経験をした。
 ルーシェは木々に足先がふれそうな、森すれすれを低空飛行する。もっと上の方を飛んでほしいと頼んだが、里が近く、人間に見られるかもしれないからいやだと却下された。
 それでも、足元に樹木を見おろすという経験にディンは十分興奮して、最後にはいい加減にしないと落とすからねと、冷ややかにすごまれた。

 あっという間に山を飛び越えたルーシェは、反対側に広がる森の一ヵ所に降り立った。
 ルーシェの背中からおろされたディンは、ブリリアントと荷物を素速くおろす。乱暴に扱われた仔ブタが抗議の声をあげたが構わず、ディンは背中の剣に手を伸ばした。

 複数の獣の気配を身近に感じる。荒い息づかいは大型の獣だ。肉食か草食かはあまり関係ない。草食獣でも鹿のように枝分かれした立派な角で突かれれば、ひとたまりもない。
 剣の柄を握りこみ、周囲に目を巡らせる。木の密度が他に比べまばらで、木漏れ日が差しこんでいる。木々の頭上に広がる朝の目映い光に慣れた目にも、森の中を労なく見渡せた。
 熊や……狼もいる。
 ぐるりはすでに囲まれていた。草木にかくれ、進入者を見つめる鋭い眼差しが全身に突きささる。
 これだけの数を相手にするのはとうてい不可能だ。だがどこか一カ所突破口を開かなければ、逃げることは適わない。

 ふり返ると、にやにやと笑うルーシェと目があう。
 幻妖の王が生まれる前から存在するという幻妖にあわせると、彼女はいった。会う資格があるかの試験のつもりか。それとも機嫌がよかったのはディンをだますためで、本当はまだ怒っているのだろうか。
 すくなくとも彼女が助けてくれるつもりがないのは確かだ。
ディンは唇を引き結び、慎重に鯉口を切った。
「その子たちを傷つけないでおくれ」

 ゆったりとした調子のしわがれ声が、穏やかに乞う。不意の声に、ディンは目だけで声の主を探った。
 声が聞こえてきた方向にひとの姿はない。ただ代わりに、古い巨木が立っていた。
 周囲に対する警戒を解かないまま、ディンは古木を見すえる。
「決しておまえさんのことを襲ったりしないから、どうか剣をしまっておくれ。その子たちは、わしのために人間を警戒しているだけなんじゃ」

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