一話 大志を抱く少年5(ⅱ)

「両親なら7年前、幻妖にやられて死んだ」
「そっ……か。他に血縁がなくて寺院に?」
 寺院では、孤児が成人するまで面倒を見てくれる。働き口を見つけて寺院を出ていく者もいるが、まれだ。幻妖に親を殺された子どもは、そのまま僧になる確率が高い。
「いや。俺の場合は両親も僧で、祖父もまた僧で、こっちは健在だ。まあジイさまは怒ってはいたが、べつに俺を心配しているから怒っていたわけでもないから」
 夢で聞いた祖父の声を思い返す。
 逆らうことを許さない、厳しい声。夢の言葉は、現実によくいわれていたことだ。けれど現実ではあれほどの力を持っていなかった。
 それはディンがまだ、自分の無力さを本当の意味で知る前だったからかもしれない。

「ジイさまに、今のように幻妖が出現したら駆けつけて倒す対症療法でなく、もっと根本的な解決方法を探すべきだと進言した。だが、子どものくせにわかったふうなことをいうなと一喝されて、相手にしてもらえなかった」
「だから自分一人でどうにかしようって?」
 ルーシェは呆れ半分困惑半分の表情で、ディンにむき直る。
「でもね、おまえはまだ子どもで、いろいろ学ぶべきことも多くて、体もできあがってない。
もう少し大きくなるのを待ってから出直した方がいい」
「自分一人というわけでもない。同じ考えをこっている者は総本山にもいる」
 ただ、幻妖の王のことはさすがにその者たちの間でも、否定派の方が多い。存在そのものが疑問視されているからだ。
 昔から噂はあるが、誰も本物を見た者はいないのだ。

「それに大きくなったら一人で幻妖を倒せるようになるのか? そうでないのなら、今でも未来でも違いはない。だが今行動しなければ、犠牲者は増える一方だ」
「一人で幻妖を倒せないとわかっているなら、自分がやろうとしていることがどれだけ無謀か、わかるだろうに」
「自分に力がないことはわかっている。志なかばで死ぬかもしれないが、それでも構わない。
俺一人ではなにもできない。だがなにかしたい。ただ俺の言葉は子どもだというだけで届かない。誰も聞こうとしない。
だから俺は行動するんだ。俺の言葉を聞き、行動を見て、考えを変えてくれるひとがいるはずだ。そうして水面を揺らし、大きな流れになって世界を動かすんだ。
俺は水面を揺らす、最初の一雫になりたい」

 言い終えたとたん、ぞくりと背筋に冷たいものを感じた。
 ルーシェがじっと見つめていた。
まばたくこともなく向けられる視線に、ディンは自分が憎まれているのだろうかと思った。
睨まれているわけではない。ただ感情の抜け落ちた紫色の目に、全身鳥肌が立つ。背筋が凍りついて、視線を逸らすことさえかなわない。
 熊の姿をした幻妖と対峙したときのことが、脳裏にかえる。
 たとえ普段どれほどその目以外には、彼女が本来のさがを感じさせなくても、彼女もまた幻妖なのだ。
 何故なのか。山道でも、彼女はいきなり怒りだした。
 自分の何が、ルーシェをそこまで刺激するのかがわからない。
 胸の中で何度疑問符を重ねたか、ディン自身わからなくなったころ、ふっと、ルーシェが目を逸らした。

「……夜明けまでにはまだ時間がある。寝た方がいい」
 抑揚を欠く声は、それ以上の交流をこばんでいた。
 ディンがいくら見つめても、その晩、繊細な横顔がふり返ることは決してなかった。

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