一話 大志を抱く少年4(ⅱ)

 ぶつかりあう視線に決着はつかなかった。
 咆哮がじだを打った。一瞬で体も心も麻痺するような、鬼気のこもった大音声だった。
 だがふり仰いだ視線の先には、森が広がっているだけだ。
「いきなさい!」
「今ここで一人逃げだしたら俺は、一生光をまっすぐ見られない人間になる」
「そんなのは個人の問題です。俺たちが個々で戦うのは、幻妖の足どめのためだ。知らせに行く人間がいなければ意味がない。
ここで全滅するのは許されないんです。誰かが里に知らせにいかなければ。そしてそれは一番若いあんたの役目だ!」
 背中を押され、ディンはそれでもためらう。
 山の上のほうから、地響きと生木が裂ける音がこちらにむかってくる。猶予はなかった。

 ステアに騎乗しようとしたが、暴れる馬をあきらめて、ディンは背負った剣だけをもって来た道を駆けだす。
 だがわずかもいかないうちに、ディンはふり返る。
 大きな地響きと咆哮が、再びとどろいた。
 熊の姿の巨大な幻妖が立ちはだかっていた。背後から、馬の嘶き、悲鳴、怒鳴りあう声と、断末魔の叫びが聞こえてくる。

 怖かった。
幻妖がというよりも、生き物のあげる苦痛の叫びが、ディンを縛った。あれほどに声をおそろしいと思ったことは、はじめてだった。
 追いかける声を振りきるように、ディンは耳をふさいで山をくだる。
 その前に立ちふさがって、雷鳴のような咆哮がとどろいた。驚いて見あげると、目の前に熊の姿の幻妖がディンを狙って腕を振りあげた。

「おまえに何ができる」
 幻妖から、祖父の威圧的な声が響いた。
 厳しい声が圧倒的な力でディンを打ちのめす。
「なにもわからない子どもが、わかったような顔で大人の話に口をはさむのではない!!」

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