一話 大志を抱く少年3(ⅱ)

「いいから、これ以上構わないでくれないか」
 振り返って重い溜息をついた傷心のディンに、彼女らはふんと鼻を鳴らした。
「これしきの山道で肩で息してるんじゃ、幻妖の王を倒すなんて夢のまた夢だと思うけど」
「ぶひぶひ」
 歩き慣れない山道のせいで、すっかり息があがっていた。
 何年も使っていないという道は、道があってなきがごとしで、そのうえぬかるんでいるから、どうにも足場が悪く歩きにくい。話では馬も通れるということだったが、実際に連れていればかなりの苦労を強いられただろう。

 やけに汗が噴きだした。それでいて震えがくるほど寒いのは、かいた汗が冷えたせいなのか、日暮れが近いからなのか。ずいぶん暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷えこむ。
 疲れと寒さでディンがもう足もあがらなくなりかけているというのに、ずっとしゃべり通しのルーシェとブリリアントは息一つ乱していなかった。まあ宙に浮いているし、幻妖なのだからルーシェは関係ないかもしれないが、仔ブタのほうは短い足でかなりの健脚である。
 これくらいで音をあげていては確かに、ルーシェの言葉を否定できない。ディンは荷物を担ぎ直すと、気合いをいれて歩きだした。
 その背に、ルーシェがなお言葉を重ねた。
「だいたい、幻妖の一匹も倒せないヤツが、敵う相手だと思ってるの?」

「幻妖の王を倒したいとは思う。でも最終目的じゃない。昔は幻妖を倒すのに、今ほどの苦労はなかったそうだ。
王が現われて、幻妖があれほど強堅になったのではないかという話を聞いた。だから王を倒せば、幻妖ももっと倒しやすくなるんじゃないかと思ったんだ」
「それじゃあなに? 幻妖の王を倒すのではなく、幻妖をすべてをこの世から抹殺することが最終目的だってわけ? 物語の英雄かなにかのつもり?」
「ぶぶひ……?」
 さっきまでのからかいまじりの様子とは明らかに違っていた。口調からやりとりを楽しむ余裕が消え、変わりに冷ややかさがまじる。
 唐突な変化についていけず、ディンは振りかえる。ブリリアントもまた、心配げにとなりをいく幻妖を見あげていた。

「何をムキになっているんだ? 心配してくれるのはありがたいが……」
「誰が心配してるなんていった? せっかく助けたのに、無駄になるのがいやなだけだ。助けるんじゃなかった。どうせ粗末にするなら、幻妖に襲われたとき死んだってかわらなかったじゃないか」
「助けてもらったことはとても感謝してる」
「してるだって!? してたらそんな無茶、考えたりしない」
「残念ながらこれは、幻妖に襲われる前から考えていたんだ」
 場を和ませようと、おどけた調子でいったみせたディンは、しかし刃をひそませた鋭い視線に、降参と諸手をあげた。

「本当に感謝している。ルーシェにとっては不本意かもしれないが、おかげで旅が続けられる。それに、無謀も無茶も無理も承知の上だ。それでもしなければ……いや、しようと決めたんだ」
 息がつづかず、立ちどまって肩で息をし、袖で額の汗をぬぐう。
 ディンに冷ややかな視線をむけながら、ルーシェは脇をすり抜け、前に立って進んでいく。つられてディンもまた歩きだした。

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