一話 大志を抱く少年2(ⅲ)

「まあ、いいか。気にいった、ディン。家まで送ってあげよう――いいよね、ブヒコさん?」
「ぶひ」
「ホラ、ブヒコさんもいいって。家、どこ?」
 本当に言葉がわかっているのか、単に名を呼ばれたから反応しただけか、おりよく仔ブタが鳴いた。
 それを都合よく解釈して笑いかけるルーシェに、ディンは返答につまった。

「ルーシェ、せっかくだが……遠慮する」
「ばぁか。おまえが僧侶だってことぐらい、見ればわかる。どこの寺院からきたって?」
「――……ゴートだ」
「総本山か。へぇ……」
 気にしないと口にしながら、ルーシェが向けてくる視線にはふくみがあった。幻妖と寺院の関係を考えれば当然だろう。
 居心地の悪い視線から目をそらし、服を着直し薬をしまいこむと、ディンは立ちあがって外套をはおる。
 最後に、鞘から抜くことさえできなかった剣を背中に負う。ずしりとした重みがひどく堪える。

「ゴートに帰るつもりはない」
 ディンは惨劇のあとを振り返る。
 赤黒く染まった大地。そこに倒れ伏した遺骸には、一つとして五体満足のものはない。
 少しでも遠ざかろうと土をかく指、恐怖に引きつった顔、うつろに天をにらむ者、また深い恨みや激しい痛みを刻んだ者もいる。見ているだけで、彼らの覚えた苦痛が伝わってくるようで、胸が痛い。

 騎士の大半は、幻妖に親しいひとを奪われた者たちだ。復讐を誓う者、大切なひとを守ろうとする者、同じ悲しみを増やすまいと願う者。理由はさまざまだが、打倒幻妖を誓う者は寺院の門をくぐる。
 なのに彼らは志半ばに、自分の命までも幻妖に奪われた。
 くせで無意識に胸元をさぐった指先を、ディンは気がついてとめた。祈りのための石を手の中に握りこまないまま、指を組んで黙祷する。
 彼らをこのままにしておくのはしのびない。だが今のディンにはどうしようもない。今できることといえば、一刻も早く近くの寺院に彼らのことを伝え、迎えをよこしてもらうことだけだ。

 祈る者すべてしあわせへと導くという神の教え。
 証である、祈りをすべて聞きとどけるという紫煌石《しこうせき》。

 もし教えが本当だというのなら、どうして世界にはこうも、心を引きさく悲しみに満ちているんだろう。
 いくら神に祈り、紫煌石にすがったところで、さいわいは訪れない。
 だから進むしかない。
 無理でも、待ちうけるのが困難だけだとしても、自分でつかみとるしかない。
 指をほどいて、ディンはもう一度惨劇の場を見まわした。目の前の惨状を目に焼きつける。
 こんな惨事を、これ以上くり返させはしない。
 必ず終わらせてみせる。
「おまえたちの志は俺が継ごう。安息の地にて、安らかであれ」

「どこに……行くつもり?」
 荷物を背負いあげるディンに、ルーシェが問いかける。
「幻妖の王を倒しに行く」
 顔をしかめるルーシェをしり目に、ディンはきびすをかえした。

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