一話 大志を抱く少年2(ⅱ)

 どこをどう走ったのか、里へとただがむしゃらに走っているうちに道を見失っていた。再び仲間とわかれた場所へディンがもどってこれたのは、彼女のおかげだった。
 何度もやり直すディンにあきれているのか、彼女はもう一度溜息をつくと仔ブタを降ろし近づいてきた。
「へたくそ。やってやるから。貸して」
 掌を服で無造作にぬぐうと、ディンの手から包帯をさらい、彼女は隣に座りこんで腕をとった。ふれた指がひんやりと冷たかった。

 包帯を巻きつける仕草はなめらかだ。
 口調の粗雑さに反し荒っぽい印象にならないのは、彼女の物腰の柔らかさゆえだろう。動きに品があるのだ。
 肌は上質な絹か真珠を思わせるのに、それでいて指は細いが骨張っていて節がめだつ。
 どうも彼女の印象はちぐはぐだ。

 ディンは間近にある、整った顔立ちを見つめる。
 長い睫毛が、白くなめらかな肌に濃い影を落としている。派手さはないが、ほの青白い光を投げかける月のような、透明で繊細な容貌だ。
 ひとの視線を引きつけずにはおかない艶がある。
「俺はディンという。おまえは?」
 彼女はちらりと、まだ泣いて赤くなったままの目をあげる。紫の目はなにかいいたげにディンを見たが、そのことには言及しないまま手元に目をもどした。
「ルーシェ」
「助けてくれて感謝する、ルーシェ」
「感謝するならブヒコさんにどうぞ。わたしは彼女の頼みをかなえただけだから」
「ブヒコさんというのは……もしかしてこのブタのことか?」
 ルーシェのとなりに、行儀よく座りこむ仔ブタを見おろすと、むっとした声が答える。

「ブタとかいうな、命の恩人に対して。礼儀知らずだな」
「ブタにブタというなといわれても困る。人間に人間というなというようなものだろう」
「だったらそこのかわいい子とか、うつくしい彼女とか、可憐なお嬢さんとか、いい方なんていくらでもあるだろ」
「……形容詞が必要なのか」
「だいたいね、彼女にはブリリアント・ヒルファリア・コルスターチ、略してブヒコさんって、立派な名前があるんだから」
 早口にいいたてるルーシェに気圧されながら、ディンは仔ブタの立派な名前に小首をかしげた。

「そんなたいそうな名前をつけて、いざというとき、愛着がわいて困らないのか?」
「……いざと――いうとき?」
 ルーシェの目がすっと細められた。下からのぞきこむ表情にも、低くうなるような声にも、なにより紫色の目が口よりもなお雄弁に物語っていた。
 発される鬼気に遅まきながらもしかしてと、人型の幻妖とたいそうな名をもつ仔ブタの間で目を往復させ、ディンは呆然とした。

「もしかしてこのブタ……」
 ルーシェの目がいっそう凄味を増し、ディンはあわてて訂正する。
「ではなく彼女、もしかしなくても携帯食糧じゃ……」
「ピギっ!?」
「……うにことかいて誰が携帯食料だッ、誰が!」
 言語を解するのか、ブリリアントが目くじらをたててディンを見あげ、ルーシェはギリギリと包帯を締めあげながら、額をくっつけんばかりにして凄む。腕を締めあげる力に、傷が痛んで顔をしかめながらも、じゃあとディンはまた首をかしげた。

「飼っているのか?」
「違う! 彼女は……わたしのなにより大切なひとだ」
「ぶひひ、ぶひぶひ」
 ルーシェが照れたように視線をそらし、ブリリアントははにかんでうつむいた。どうやら相思相愛のようである。ひとの趣味はそれぞれだというから、ディンはそうかとうなずくだけにとどめた。
 締めあげた包帯をゆるめながら、ふとルーシェがくすくすと笑いだした。なにがおかしいのかわからず、ディンは目の前の繊細な美貌を見る。
「おまえって……っとに、いくつなんだか。ジジくさい」
「一〇になった。子どもらしくないとは、よくいわれる。その逆もよくいわれるが」
「その逆? ――ほら、できた」
 包帯の上を軽くたたき、ルーシェは立ちあがる。

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