後編

 ニンニク入りのエサを与えた鶏の首に牙を立てた途端、アキームは雷に打たれたように一回大きく跳ねた。続けて激しく痙攣し、そして昏倒した。その間私は、怖くて、駆け寄ることさえできなかった。
「飲んだ量も少なかったようだし、数日もすれば目も覚めるだろう」
 苦り切った表情でそう言ったのは、吸血鬼族の医者だ。
「それにしてもバカなことを考えたものだな。吸血鬼がニンニクを食べようなんて」
 彼に睥睨されて、私は言葉もなかった。
 なぜ止めようとしなかったんだろう。吸血鬼のニンニク嫌いは、アレルギーみたいなものだってわかってたのに。下手したら命がけだってこともわかってたのに。
 胸の中に不安や後悔がいっぱいいっぱいに詰め込まれて、心臓が痛かった。一息ごとに、ハンマーで殴られているみたいな痛みだ。今でも十分に心臓が破裂しそうなのに、なお不安と後悔はどんどん胸の中で増殖していく。
 アキームが倒れて、もうすでに一週間だ。けれど彼の意識は戻らない。私は彼がベッドに使っている棺の傍で、ひたすら目覚めるのを待つしかできなかった。
 このまま彼が目覚めなかったらと考えると、心臓に杭が打ち込まれたよう激しく引きつって、堪えきれずぼろぼろと涙があふれた。
 あなたが灰になってしまったらどうしよう。
「アキーム……」
 細い何かが、そっと頬に触れる感触に顔を上げた私は、驚きに目を瞠った。心臓がひとつ、弾けそうなほど大きく脈打って、私は胸を押さえた。
「アキ……ッ」
 のどに声が絡む。感極まりすぎて、うまく言葉が出なくてあえぐ私に、アキームのやせ衰えた端整な顔が微笑んだ。彼の笑みを見た瞬間、私の中の箍が外れたのがわかった。それでなくても壊れていた涙腺が、とうとういかれたらしく、どっと涙が溢れ出す。
 目が覚めたんだ。そう思っただけで、胸に温かさが広がった。このままもう、目覚めなかったらどうしようって、ずっと胸を絞めつけていた不安が、一息ごとにほどけていく。
「泣いてる顔もかわいいなーなんて、俺って最低かな?」
「ばか! 私がどれだけ心配したと思って……ッ」
 再び声をのどに絡ませた私に、アキームが困ったように落ち窪んだ目を細めた。
「でも俺は、君が好きなものを食べてみたかったんだ」
「アキーム?」
 困惑して、私は彼を見つめた。
「君はいつも俺のためにいろいろしてくれるのに、俺は役に立たないどころか、君にいつも我慢させてばかりだろ。好きなニンニクを好きなときに、食べさせてあげることもできない」
 アキームは、あえぐようにして息をついた。つらそうな様子に、彼の言葉に、私は驚いていた。
 確かに家畜の世話とかは私が一人でしているし、一緒の時間を過ごすこともなかなかできない。何せ彼は昼間は棺の中で寝ているから。一緒にいられない時間をさみしく感じるときだって、ないとは言わない。でもそれは、彼が吸血鬼なのだから仕方がないことだもの。私はそれでも彼と一緒にいたいし、彼のためにできることがあるのは嬉しい。
 その反面、自分にできることがないと彼がつらいを思いをしているなんて、思いもしなかった。
 だけれど。
「だからせめて、君の好きなニンニクを一緒に食べられたら、君は喜んでくれないかなって」
 いきなりそこに思考が発展するのだけは、よくわからなかった。
 けれどそれが彼の性格で、私そんな彼を愛している。
 涙を拭って、私は怒ってみせる。でもつい顔がほころんでしまって、あまり成功したとはいえなかった。
「ばかね。私たちくらい似合いのカップルはいないわよ」
「そうかな?」
 不安そうな表情で首を傾げるアキームに、私は頷く。
 私たちが二人とも吸血鬼だったら、私たちは二人で血を吸ったあとの大量の肉を抱えて、立ち往生しなければならなかったはずだわ。肉屋を経営するなんて方法もなくはないけど、まさか夜しか開店していない肉屋だなんて、どう考えたって変でしょ。
 私たちが二人とも、私と同じ種族だったとしても、食糧を手にいれるために立ち往生したわ。あまり大量な肉をしょっちゅう買い込んでも、人間に変な目で見られるものね。それに私の種族は、どうしても新鮮な肉じゃないと、体が受けつけないから。
 そう説明すると、アキームはちょっと笑った。
「そうかもね」
 私は力強く頷く。
 人間たちの世界で生きていくためには、私たちは結構いいカップルだと思うのよ。
「あなたが吸血鬼で、あなたがすべて血を吸ったあとの肉を私が食べて。私たちくらい食べ物を粗末にしないカップルなんて、そうそういないと思わない?」
 だって私は、新鮮な死体しか食べられない、屍食鬼《グーラ》なんだから。

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