中編

「載って……」
 私は料理の本を前に溜息をつく。こぼれ落ちた溜息が、自分の耳にも重く地を這うようで、ますます気が重くなった。
「……ないわよねぇ。吸血鬼でも食べられるニンニク料理なんて」
 洗濯や掃除、家畜の世話を終わらせて、ちょっと早めの昼食に、買ってきた料理の本を引っ張り出してきたのはいいものの、載ってないのよね、ニンニク料理なんて。私はまたひとつ、溜息をついた。まあ、予想はしてたけどね。
 いや、もちろん、ニンニクを使った料理はあるの。けどね、どれも吸血鬼が食べられるとは思えないんだよね。だって、基本的にニンニクって、スパイスでしょ。お料理を美味しくしたり、肉の臭みを消したり。
 でも吸血鬼はこの匂いがダメなわけで、だけどこの匂いが食欲をそそるわけで、匂いを消しちゃったら、それって別にニンニクじゃなくてもいいって話で……。
 だいたいねぇ、吸血鬼がなんだってニンニクを食さないといけないわけ? 食わず嫌いだなんていうけど、どっちかっていうとアレルギーの方に近いでしょ。吸血鬼がニンニクをダメなのって。
 で、たとえば、蕎麦アレルギーだったり、卵アレルギーだったりする人が、蕎麦なり卵なりを食べるのって、下手したら命がけなわけじゃない? そんなアレルギー持ちが対象の食材を食べられないのって、これはもうどうしようもないことでしょ。それってもう、食わず嫌いとはぜんぜん違うレベルの話だと思うのね。
 腹立ち紛れに頭の中で理屈を捏ね回しつつ、本のページをめくり、私はニンニクの効いた骨付き肉をとって口に運ぶ。ひとりぼっちの食事ってさびしいんだよね。でも、吸血鬼であるアキームが、昼間に起きてるなんてのは自然に反してるわけで、だから必然、昼はひとりになってしまう。
 あーあ、夜型の生活に変えようかな。昔と違って、今は深夜まで営業してる店って普通だし、生活に不便はないわけなんだから。
 アキームと一緒にブレックファーストをしようと思えば、どうしても夜明け前のあんな時間になる。だけどはっきりいって、朝、かなりきついんだ。いっそ彼にあわせて夜型に切り替えれば、もっと一緒にいられるんだし。
 そう考えて、私はまた溜息をつく。そういうわけにもいかないか。だって家畜の世話があるもの。
 吸血鬼であるアキームを養っていくには、家畜の世話は必須なのよね。まさか、手当たりしだい人間を襲うわけにはいかないでしょ。
 ああ、もちろん、吸血鬼が血を吸ったからといって、吸血されたほうも吸血鬼になるなんていうのは、まったくの迷信だからね。そんなことでねずみ算式に吸血鬼が増えてたら、今頃とっくに人間は滅びてるし、同族ばかっりになった吸血鬼の方も、食料がつきて当の昔に滅びてるはずなの。
 だから人間を襲うわけにはいかないっていうのは、あくまで社会的にってこと。夜な夜な現れては首筋に噛みつく男なんて、変質者としてすぐに指名手配されるだろうし、うっかり血を吸いすぎて殺しちゃったりした日には、人間社会で生きていけなくなっちゃう。人間なんて、マイノリティには冷たいんだから。存在を知られたら人間に狩られて、あっという間に私たちなんて滅びてしまうわ。
 そんなわけで、食糧として鶏やアヒルを中心に、豚や牛なんかも数頭飼ってるの。鶏とかアヒルなら一羽分がアキームの一日の食事量になる。で、残りの肉を私が食べるってわけ。
 だけど、まさか家畜にも夜型の生活を強要するっていうわけにもいかない。第一、夜型の鶏とか豚とかって、あんまりおいしくなさそうな気がする。だって、とっても不健康そうだもの。
 それに。
 またひとつ骨付き肉をとって、かじりつく。ほっぺたを押さえて、ニンニクの効いた鶏肉の味を堪能する。あーん、ニンニクが効いてておいしー。やっぱり、昨日からニンニクをすり込んでおいたかいがあったわー。
 私って、ニンニク好きなんだよね。朝のマリネだって本当は、ただのしょうゆじゃなくて、すりおろしたニンニクを加えたニンニクじょうゆで食べたかった。でもまさか、アキームの前でニンニクじょうゆは、さすがにやばいものね。
 大好きなニンニクを食べようと思えば、アキームが眠っている昼食のときくらいしかチャンスはない。それでも、食後には窓を開けてしっかり換気をし、匂い消しをまくという念も入れているのよ。決してアキームはいやな表情を見せたりしないけど、それだけしてもなお、彼にはわかってしまうみたいで、よく複雑そうな顔して部屋の匂いをかいだりしてる。
 そこまで敏感な相手に、どうやったらニンニクの臭いを誤魔化せるんだろう。何もいい方法が思いつかなくて、私はばったりと机に倒れ込んだ。
 だいたい、そこまで嫌いなものを、どうして食べたいんだろう。子どものころから変な人だとは思ってたけど、ホント、何を考えているんだか。
「ニンニクかぁ」
 かじりかけの、ニンニクをすり込んだ生肉をためつすがめつした私は、ふっと閃いたアイデアに顔を上げた。
 ニンニクって、必ずしもそのものを食べるわけじゃないわよね。焼いたり、しょうゆに漬け込んで食べたりもするけど、肉にすり込んだりもするわけでしょ。
 だったら、ニンニクをエサに混ぜ込んで、そのエサを食べた家畜の血を吸うっていうのはどうかしら。それって、間接的にニンニクを食べたことにならない? この方法だったら、匂いの問題だってクリアできないかな。息がニンニクくさいようなら、鶏に口中清涼剤でも飲ませとけばいいわけだし。
「ヤだヤだ、もしかして私ったら天才?」
 ふふんなんて浮かれながら、私は早速自分の思いついたアイデアを実行すべく、席を立った。

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