前編

「正気なの?」
 私は呆気に取られて、対面式キッチンの向こう側でスツールに座っているアキームを、まじまじと見つめる。
 艶のある髪は、赤みを押さえた落ち着いた金色。長いまつげに縁取られた目も金。白のシャツに、ノータイでベスト。そんな格好がとても似合う、上背のある逆三角形の締まった体。彫りが深くて端整な容貌はノーブルで、だけど口元にのぞく尖った八重歯――っていうより、牙って表現する方がぴったりくるんだけど ――がワイルドさを添え、アンバランスなところが彼の魅力になっている。
 そんなイケメンくんのアキームだけど、その口から飛び出してくるセリフは、びっくり箱もコメディアンだってきっと真っ青だ。
 私の問いに、彼はにっこり笑って頷いた。
「もちろん」
「……アキーム」
 溜息をついて、私は肩を落とす。何だかどっと疲れた。
 あのね、私ってば、頷いて欲しかったわけじゃないのよ。それもそんな嬉しそうに、どこかとても素晴らしい名案でも思いついたみたいな、批判されるなんて思いもよらないような笑顔で。
 昨日食べ残してしまったお刺し身を、友だちに勧められて以来、気に入って使用しているおしょうゆを添え、彼の隣、私の席へと配膳する。生ものだから、昼に持ち越したくない。それから冷蔵庫から紙パックを取り出すと、赤くてとろりとした液体をグラスに注いで、彼の前に差し出した。
「あのね、考え直した方がいいと思うの」
 私の朝ご飯で、彼の夜食の支度を終え、定位置に腰を下ろした私を見上げ、彼は顔を曇らせた。
「どうして?」
「どうしてって……」
 思わず絶句しかける。容姿に反して、何故だか脳内は非常に天然な彼は、こうして私をたびたび二の句も継げないような状態に、追い込んでくれたりする。でも、ここで黙り込むわけにはいかない。私は拳を握って自分を奮い立たせると、彼を改めて見た。
「だって、嫌いでしょ。アレ」
「まあね。でも、食わず嫌いはよくないと思うんだ」
 彼はさしたストローでグラスの中の粘度の高い液体をかき混ぜながら、ちょっと困った感じで答える。
「食わず嫌い……ねぇ」
「うん。子どもじゃないんだからさ。食べられない、なんて最初から決めてかかるのって、やっぱり人間関係にもでるだろ」
 うーんと唸ると、私は行儀悪く、フォークを持ったまま頬杖を突く。
 彼の考えは立派だと思う。うん。食わず嫌いはよくないわ。食べれるなら食べた方がいいと思う。それはもちろんよ?
 でもね、そこでちょっと考えたほうが、絶対いいと思うのよ。それって本当に食わず嫌いなの? ってことを。
 窓へと目を向けると、レースのカーテン越しに見える庭はまだ薄ぼんやりと明るい程度で、朝というにはかなり早い時間だ。
 日の出にはまだ遠いけど、夜より朝という方が適した時間に夜食を食べるのは、彼が夜型の生活に明け暮れなければならない特殊な労働に従事している――なんてわけではもちろんない。たぶんもうわかっていると思うけど、実は私の彼アキームは、吸血鬼なのだ。
 容姿的にはね、吸血鬼の名にちっと恥ずかしくないと思うの。でも、どうしてこう脳内は、非常に吸血鬼の三文字からは想像もできないような天然なんだろう。
「だめ……かな?」
 納得のいかないものを感じながら唸っていると、彼が上目遣いに聞いてくる。ヘビに睨まれたカエルよろしく、私は追いつめられた。ヤだ、そんな顔されたらダメだなんて、言えるわけないじゃない。
 アキームの金の瞳に見つめられて、私は溜息をつく。仕方ないなあ、もう。
「方法、考えてみるけど、あんまり期待しないでよ」
「うん、わかった。ありがと」
 嬉しそうにストローに吸いついているアキームは、ダメだったときのことなんて欠片も考えてなさそうで……。
 あーあーもう、ホントにホントにホントにホントに!
 何だって吸血鬼が、ニンニクなんて食べたがんのよぉ。

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