通り魔

 ぞくりと、背中が引きつって震える。冷水を浴びせられたように、背中が冷えた。
 勘だ――長年、命のやりとりをしてきた者の、第六感。
 危険を知らせる己の勘に、彼は従った。鋭く背後を振り返る。だがそのときには既に遅かった。
 襲いくるものが何だったのか、わかったわけではない。見返った視界いっぱいに広がっていたのは、ゆがんだ顔と、振り下ろされる銀色の何か。
 己の脳天目掛けて迫りくるそれを、彼はただ目を大きく見開いて見つめ、そして――。

「その悲鳴は、山向こうにいたヤツにまで聞こえたそうだぜ」
 男が三人、狩った獲物を囲んでいた。その中の一人――アドルが、さも恐ろしげに潜めた声で語ったのは、つい最近本当にあったことだ。仲間の話に、山のように筋肉が連なる、己の剥き出し肩をかき抱いて,ゼブダルがぶるりと震えた。
「怖ぇなあ。見ろよ、俺、鳥肌が立っちまったぜ」
 差し出した荒縄をよったような太い腕を、男はごしごしとさする。産毛というには剛毛が生えた腕を覗き込んでいた最後の一人――クライオが、骨付きの肉にかじりついて、組んだ胡坐に肘を突いて顔を顰めた。
「他人事じゃねぇよなあ。最近サルどもの増長ぶり、目に余るよな」
 男たちは三人とも、筋骨隆々とした男たちである。裸の上半身は、筋肉自体が彼らの鎧であるのか、防具らしい防具もない。背後にはそれぞれの得物である戦闘用の柄の長い斧が、地面に無造作に突き立てられていた。彼らの巨体に見合う、非常に重量を感じる武器だ。
「言えてる、言えてる。へたに知恵をつけやがって、あいつら。俺、この間待ち伏せされたんだぜ」
 アドル一人が苦々しい顔をすると、ゼブダルも聞いてくれよと身を乗り出す。
「俺なんか、寝てるとこ襲われたことがあるんだぜ」
「何だと? それ、本当か?」
「ああ、本当さ。間一髪で気がついたからよかったものの、あのとき気づかなかったら、今ごろ俺、ここにいなかったぜ」
 自分の頭と体が泣き別れているところを想像して、ゼブダルはまた己のたくましい肩を抱いて、体を震わせた。仲間の肩をなだめるように叩いて、クライオはアドルの顔を見た。
「まるっきり通り魔だな。待ち伏せとか、寝込みを襲うとか、およそ戦士には考えられない所業だぞ」
 頷いて、アドリオは割れた顎をなでる。
「そうだろ。だがそれだけじゃない、他にもいろいろあるんだぜ。聞いた話によると、海の傍に住む兄弟は、サルのメスにホレたらしくてな」
「あの好戦的なサルにか? そいつ、正気か?」
「狂ってんな」
 クライオの言葉に同意を示して、ゼブダルが顔を顰める。アドリオはまあなと頷いて、あきれている二人の顔を等分に見た。
「こいつには続きがあってだな。この兄弟は、サルの女を口説き落としたわけだ。まあ、俺たちに比べりゃ、サルのオスどもなんてな。このサルのメスはなかなか目がいい」
 我がことのように、自慢げに胸を張ったアドリオに、仲間たちは肉をかじりながら、そうかもなと頷く。
「サルにホレた兄弟の見る目は、サイアクだがな」
「まあ、サルのメスにしちゃ、いい目してるよな」
 言って、また頷きあう二人の顔を、だがな、と、アドリオは身を乗り出して覗き込む。
「ようやくモノにするってときにだな、サルのオスが現れやがって、兄弟を殺しちまったそうだぜ」
「何だとッ、サルのやろう! 思い上がりやがって!」
 いきり立ってクライオは、己の太股を拳で打つ。ゼブダルも顔を険しくして、仲間たちを見た。
「ここらで一回思い知らせといた方がいいんじゃねえか」
「オウ、それはいい案だな!」
「だいたいあのサルどもは、俺たちの姿を見つけると襲いかかってきやがって、通り魔の分際で勇者とか呼ばれてるんだぞ」
「人助けとか称しているが、単に俺たちを倒してレベルアップしたいだけじゃねえか」
 肉を食べきった骨を投げ捨て、クライオが立ち上がる。仲間もそれにならい、立ち上がった。地面に突き刺してあった斧を取り上げて肩に担ぎ上げたとき、がさがさと近くの茂みが音を立てた。
 ハッと、男たちが振り返ると、茂みをかき分けて現れたサルの一人と目があった。サルは目を見開いて、そして背後のパーティに向かい大声を上げた。
「いたぞ! トロールだ!」
「ちっ! 人間《サル》どもめが!」

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