Ⅴ.その男たち、凶暴で強暴につき(ⅰ)

2013年6月5日

「息子の帰還だっつってんだろうがッ」  殴る蹴るの暴行を加えても開かない扉に、キレた水の精霊はどげしと最後の一撃を加えた。 『泊まってもらえないのは残念だけど、今度ご飯だけでも食べにきてよ』  朗らかに笑って手を振ったリラが、本当に残念に思っているのかかなり疑わしいところだ。だが忠告には素直に従うことにした。リラと別れた二人は、真っ直ぐにカザの養父の家へと向かった。  もともとソーレルは、青龍祭社の訪れる巡礼の宿場町として発展した街である。便のいい場所は巡礼のための宿などが並び、居住区は隅へと追いやられている。特に慎ましく軒を並べているのが、ここ下町だ。  だが、下町といえど参道沿いの店と同じだ。祭社との関わりを避け、しんと静まりかえっている。夕涼みに出ている人影さえなかった。  その静まりかえった一角にシュレンティスの怒声は、当然のことながら響き渡った。 「見世モンじゃねえぞ!」  怒声が聞こえるからと外を見てみれば、大層な美人が口汚くわめき散らしているのだ。十分に見世物である。  ナニゴトかと様子をうかがっていたのだろう薄く開いた扉が、シュレンティスの一喝に音を立てて次々と閉ざされた。それに舌打ちし、なんつう根暗い住人だとぼやいたシュレンティスは、脇で座りこむカザを振り返る。 「おい、開かねえぞ」 「……おまえな。それは留守とかいうだろ? フツウは」  殴っても蹴っても揺さぶっても開かない扉というのは、まるでどこぞの誰かの瞼のようだ。毎朝の苦労を思い返したカザは、痛む頭を押さえてため息をついた。 「んだと! この俺がわざわざてめえの愚息を連れてきてやったっつうのに、留守とはなんだ留守とは」 「俺にスゴんだって仕方ないだろ」  どこからか漂ってくる、胃袋を刺激する芳しい匂いに鼻をうごめかせたシュレンティスは、力が抜けたようにその場に座りこんだ。 「ああもうダメだ、眠い。腹減った」 「だからリラのところで宿を取ろうっていったのに」 「オレのせいだっつうのかよ。文句なら留守にしてるおまえのオヤジにいえよ」 「いないオヤジにどうやっていえっての」  張りあう気力もなく愚痴ったカザに、シュレンティスが顔をのぞきこんでくる。 「どうした? 顔色よくねえな」  いって、シュレンティスは眉根を寄せる。 「そのワリにはにやにやしてやがって気色悪ぃ。まさか、オヤジが怖すぎて頭の線が何本か切れたか?」 「んなわけあるかッ……っつつ、頭痛いんだから怒鳴らせるなよ」 「バカ、おまえが勝手にわめいてんだよ」  荒げた自分の声が響いて頭を抱えたカザに呆れながらも、痛みがひどく冷や汗が浮いた額に、シュレンティスが指先を伸ばす。 「熱はねえな、風邪の走りか?」  いつもと違う案じる表情や手が照れくさくて、よせよとカザは額に触れた手を押し返した。 「違うって。いつものだ。〈声〉が聞こえるんだ」 「いつもの〈声〉か? それにしては顔色が最悪だぞ」 「なんか、いつもより〈声〉が大きいっていうか……頭痛が烈しい」  息をつき、カザは目を閉じる。  言葉にならない声が物理的圧力を備えているかのように、頭の中で荒れ狂っている。ずきんずきんと響くような頭痛はつらい。それでも再び声が聞こえた安堵の方が強かった。  声が原因の頭痛ならば、そう長くは続かない。経験上それを知っているシュレンティスも、安堵の息をついた。 「しかしアレだな、マジいんじゃねえのか、この街に――危なッ……カザ!」

Ⅳ.背を押す声

2013年5月24日

 ごみごみした路地に複数の足音が木霊する。  手足を地面に投げ出した姿勢で座り込んだまま、ぼんやりと霞む頭で、なんの音だっただろうかと考える。  それはなにを意味する音だったか、と。  もともとろくに働いたことさえない体だ。荒事にむくわけもない。飛竜が落ちたときの打ち身と、セイランと別れてから走り続けた肉体の疲労は、容易く限界を迎えていた。少しだけのつもりで座りこめば、もう動くことができなかった。  体が重かった。土の中にのめり込んでいるみたいに全身が重くて、泥のように疲れていた。首を巡らせるのさえ億劫だ。すべてがだるくて、思考さえまともに働かない。泥砂が詰まったずだ袋になってしまったようだった。 それでもその足音は、自分の中のなにかを刺激した。ずだ袋の中に詰まった泥をかき回すような、重く怠慢な刺激だったが、アリアは音のする方へと虚ろに目をむけた。 かつ、かつ、かつ、かつかつかつかつ。 近づいてくる足音。 ――行って? 耳にセイランの声が返って、セイランはどうしただろうとアリアはぼんやり考える。もう、死んでしまっただろうか? どれくらい傷を負えば生命が維持できなくなるのか、アリアにはよくわからない。それでもあれほどの傷だ、あまりもつとは思えない。 「わたしを助けてくれようとしたから……」 虚ろに呟くと、アリアの耳にセイランとは別の声が返った。 ――あなたを助けようとしたために、彼女は死んだの。あなたのせいで死んだのよ。 ――あなたが殺したの。 大切な、とても大切な彼女と同じ顔をしているのに、彼女ではないひと。 ひどいことを言うひと。 ひどいことだと思っているのに反論できなかった。心のどこかで認めてしまったから。彼女は言葉は正しいと、そう思ってしまったから。 ずっと思っていた。自分がここにいること自体が間違いなんだと。 その一つの間違いのせいで、すべてが歪んでしまったのかもしれない。最初の一つを掛け間違えたせいで、互い違いになってしまった釦のように。 なにもかもきっと、自分が選ばれてしまったところから始まっているのかもしれない。 だとしたら彼女の言葉は、間違いではない。 「いたぞ、こっちだ!」 ――行って? もう一度、セイランの声が耳に返る。 行かなければ……。 声に押されてアリアは立ち上がる。 「ここだ、捕まえろ!」 逃げなければ。 そしてふらり、と少女は足を踏み出した。

Ⅲ.困った人たち(ⅳ)

2013年5月20日

忘れているはずだとばかり思いこんでいたのに、しっかり記憶をしていたらしい。 「……おまえ、忘れてたんじゃなかったのか」 「なんで?」 「だって、ソーレル行きが決まってからこっち、なにも言わなかったじゃないか」 「そんなの、おまえが隠したそうにしてたからに決まってるじゃねえか」 シュレンティスがあっけらかんと笑う。言葉の意味が飲みこめず、呆然とただ立ち尽くしているカザをさして、シュレンティスはリラに笑いかけた。 「聞いてくれよこいつ、借金のことがバレたらオヤジに怒られっから帰りたくねえんだぜ」 目尻に涙まで浮かべ、繊細な顔に不似あいなシュレンティスのばか笑いに、ようやくすべてがカザの中でつながった。 「し……知ってたのか!?」 「ったりまえだろ。何年つるんでると思ってんだ。もういい加減現実逃避はやめろ」 頭を抱えてしゃがみこんだカザの尻を蹴って、シュレンティスが先を促す。 「行くぞ、オラ」 「い……イヤだ。絶対帰りたくない」 「なにガキくせえこと言ってんだ。いつかはバレるんだ。覚悟を決めやがれ」 「会わなきゃバレない」 「一生会わねえつもりかよ、おい」 今度は帰るの帰らないのでもめ始めた、大人げないどころか子供のような男二人にリラはほとほと呆れ果てたように溜め息をつくと、屈みこんでカザに目線をあわせた。 「あのね、家があるなら帰った方がいいわ。まだ怒られると決まったわけじゃないでしょ?」 「怒られるっていうか、ねちねちいたぶられるんだ。ホントにもうイヤミたらしく」 「理由があるなら、話せばわかってくれるわ」 励ますように笑いかけられ、希望を胸に抱こうとしたが叶わず、カザは首を振った。 「どう考えたってそんな心優しいタイプじゃない」 遠いところに視線を馳せてフッと虚ろに笑ったカザに、リラは乾いた笑いをもらす。 「……一体どんなガンコオヤジなのよそれは――じゃなくて、ね、がんばってみて?」 まるで母か姉のように諭して、ね、とリラはカザの右腕を軽く叩いた。 瞬間、カザの体が強張った。 右腕に触れた温もりに、皮膚が粟立つ。そのぬるくやわらかい感触にぞっとした。 ――バ…バケモノ! 脳裏に返るのは、悲鳴のような罵声。 体が反射的に動いていた。右腕に触れた温もりを闇雲に振り払う。 「触るなッ」 パシンと、音高く手がぶつかりあう。 「……え?」 拒絶された手の痛みより、なにが起こったのか理解しかねたようにリラが目を瞠る。その大きく見開いた目に、カザは我に返った。 指なしの革手袋をつけた右手に触られ、嫌悪感だけが先走って体がとっさに動いたのだ。 「……っつ」 カザは右手を左手で握り締め、リラから目をそらせないまま後退る。 「動揺してんじゃねえよこのスカタンッ」 言葉と同時に、その細腕のどこにそんな力があるのかという勢いで後頭部を殴られ、カザはつんのめった。 「い……てぇー! 今、目ン玉飛びだしかけたぞッ」 立ち上がって声を張りあげたカザに、水精はもう一発、今度は頭の天辺に拳を見舞う。 「痛えじゃねえだろこのボケッ。おまえが先に手ぇ出したんじゃねえか。ちゃんと謝れ!」 「あ……ごめッ、大丈夫? 痛くなかった?」 リラをふり返ってうろたえるカザの頭部を、三度ゲンコツが襲いかかる。 「痛くねえわけがあるかこのバカ!」 「だから謝ってるじゃないか」 「開き直んなクソガキ!」 「ああもうお願いだからいい加減にしてって。……――あたしったらホント、どこで道を間違っちゃったのかしら」 三度もめ始めた男たちにリラはがっくりと肩を落とし、魂の抜けそうなため息をついた。 「あの、ごめん、リラ。ホントに」 「ううん、気にしないでカザさん」 「カザでいい」 笑って頷いて、だがリラはすぐに真顔に戻った。 「でもね、悪いと思ってくれるなら本当にちゃんと家に帰って? このままドロボウが見つからなければ、まず疑われるのは旅人だわ」 疲れたように笑って帰宅を促すリラに、今度は逆らわずカザは神妙に頷いた。 「よかった。本当に今、普通の状況じゃないから。街中で使徒を見たっていう人もいるし」 「使徒を?」 声を潜めたリラにあわせて声を落し、眉根にシワを刻んでシュレンティスが聞き返し、カザもまた眉をひそめる。盗まれたものは、使徒までが自ら捜索に加わらなければならないほど大切なものだということだろうか。 「一体、祭社からなにが盗まれたんだ?」 問うたカザに、これは単に噂なんだけど、と前置きして、リラはますます声を潜めた。 「祭主が……さらわれたんじゃないかって」 「そりゃ、泥棒じゃなくて誘拐っつうんじゃねえのか?」 まったくもってもっともなツッコミだった。

Ⅲ.困った人たち(ⅲ)

2013年2月15日

 彼女の言葉に、薄暮の空に飛び出した飛竜の姿が脳裏に返る。カザは街のどこからでも見える祭社を、呆然と見上げた。  ここ東のソーレル川も、サリジス街道、オリオ山、イデュル海も、祭社が置かれた場所はすべて国を隔てる国境である。祭社は信仰の場であると同時に、国境に面して国外に睨みを利かす防衛をも担っているのだ。  祭事を司る者が祭主ならば、軍事を司る者は衛士と呼ばれる。  各祭社に五人ずつ配された衛士は、軍隊でいえば将に当たる。兵である社兵を率いると同時に、何よりも彼等自身が一騎当千の兵(つわもの)なのだ。  衛士は、祭主がその額に戴くものを左の掌に持ち、掌眼と呼ばれる第三の目をもってして、祭主、ひいては国を守るのである。  そして、国防をも担う祭社の中でも特に軍事色が濃いのが、ここソーレルの青龍祭社である。  というのも、ソーレル川を挟んだ東隣の国アルバファダルとは国交が正常でなく、小競りあいを続けているからだ。そのために青龍祭社の常駐戦力は国都に次ぐ。  そこへ泥棒に入ろうというのだから、余程腕っ節に自身のある者か、大のつくバカかのどちらかだろう。 「そりゃあ……強心臓だな」  心臓に毛の生えた蛮勇の持ち主らしき泥棒に、カザはため息をつく。 「でしょう? でね、飛竜にのって祭社を逃げ出したらしくて、これは撃ち落とされたんだけど、このドロボウと盗まれたものっていうのがまだ見つかってないらしくて、それでああやって社兵が探してるってわけ」  女は社兵が好きではないのか、揶揄するように笑って肩を竦めた。 「厳つい顔した社兵に歩き回られるとお客さんが怖がって宿から出てこないから、こっちは商売あがったりなんだけど……普段から威張り散らしてる祭社が困ってると思うと、思わず拍手喝采したくなっちゃうのよね」  どうもあまり好かれてはいないらしい。領主の不幸を笑って、女はそれより、と話を切り替えた。 「お兄さんたち、旅の人でしょ? 話を聞いてたら、まだ宿が決まってないみたいじゃない。よかったらうちに泊まらない?」  女は通りに並んだ一軒を指し示す。軒先に下がった猫を象った木板には、黄金の山猫亭と店の名が書かれ、その下では店の看板娘なのか茶虎の猫が丸くなっていた。 「あたしはリラ。黄金の山猫亭は父がやっててね、部屋はそんなに広くないんだけれど、お安くしとくわよ」 「うわ、ホントに? 安くしてくれるんだったら、勿論お世話に……」  なりますとも、と続けようとしたカザの言葉は、不意に首に絡んだ、蛇を思わせるしなやかな白い手にさえぎられる。とてつもなくいやな予感を覚えながらも目を向けると、肩を組むようにして左斜め下からのぞきこんだ小さな顔が、陰鬱な気をにじませてにやりと笑んだ。 「だからッ、一体何なんだおまえは!」  その笑みに怯えて跳び退り、カザは動悸の速くなった胸を押さえて叫ぶ。  最近はやりだした遠い西国の怪談本の中で、不幸な死に方をした女の恨みに満ちたような表情は、妙にシュレンティスにはまって本気で怖い。 「なんでだと。さっきも言っただろうが。宿に泊まるなんざ金のもったいねえことができっかッ」  早くも喧嘩腰のシュレンティスに、リラが心底不思議そうに首を傾げる。もったいないと言ったところで、宿に泊まらなければ野宿するしか道はないのだから、不思議がるのも当然だ。 「あら、本当に安くしとくわよ? そりゃ、すかんぴんだとか言われたら困るけど」 「ほら、親切にこう言ってくれてるんだから、彼女のとこにしとこうって、シュール」 「言っとくがなリラ、カザはすかんぴんどころか赤字なんだぞ赤字! おまえも一生かけても返しきれねえ借金があるくせに、無駄金使おうっつうのはどういう了見だ」 「一生かかっても返しきれない借金って……」  若い身空でどんな爛れた生活を送ってきたのかと、リラに不信も露わな目で見られて、慌ててカザは手を振る。 「ち…違うって。まったくの誤解だ」 「どこら辺が誤解だっつうんだ。純然たる事実じゃねえか」 「あれは不可抗力だ。だいたい無駄金って言うけどな、宿代は必要経費だろうが」 「どこが必要経費だ。まったくの無駄金じゃねぇかッ」 「それを言うなら今までの宿代はどうなる。おまえが毎回昼過ぎまでグータラ寝てたせいで取られた延長料金なんて、無駄金中の無駄金だぞ!」 「何言ってんだ。それこそ必要経費っつうもんだッ」 「なんだとッ」 「んだよッ」 「ああもういい加減にしてッ、お兄さんたち!」  額を突きあわせて一歩も引かない、大人げない男たちの胸を押して引き離しながら、リラはぴしゃりと言い放った。何故宿を勧めただけでここまでもめられるのよ、と、こめかみを揉み解しながら呟いて、リラはシュレンティスを見上げる。 「シュールさん…だっけ? 訊いてもいい?」 「呼び捨てでいい」 「じゃあシュール。どうして今までの宿なら必要経費で、黄金の山猫亭だと無駄金なの?」 「リラのところが無駄金なんじゃねえよ、ソーレルだから無駄金なんだ」  ますますわけがわからないと困惑を深めるリラとは対照的に、思い当たる節があるカザはまさかとたじろぐ。  いやな予感ほど的中するもので、だって、とシュレンティスがカザを指差した。 「ソーレルにはこいつの実家があるから」 「それは……――確かにとてつもなく無駄金ね」  もっともだと深々と頷くリラの横で、カザは呆然と相棒を見つめた。

Ⅲ.困った人たち(ⅱ)

2013年2月8日

「陰気くせえ街」  初めて訪れた街を物珍しげに見回して歩いていたが、活気のない街にすぐに飽きたシュレンティスが、身も蓋もない感想を口にした。  ソーレルでは水路をまたぎ越すのに橋を探さなければならない分、徒歩には便が悪く、街人は小船を使う。だがまだ宵の口だというのに、参道水路にあるのは社兵を乗せた祭社の船ばかりだ。いつもなら高級宿が遊覧に出している屋形船も、土産物や飲食物など荷を積み上げた屋台船の姿もなければ、宿や土産物屋、飲食店など、参道沿いにずらりと軒を並べる店の多くも、すでに明かりを落としている。わずかに営業している店も葬儀の席の方がまだしもという様子で、水を打ったように静まり返っていた。  高級な店が並ぶ参道から逸れると、明かりのついた店も多い。船の行き来も、人の姿も、疎らではあるがある。しかし人々は少数で寄り集まり、何かを避けるふうに小声で言葉を交わしあっていた。  明らかに常の状態ではない。街道で見た光景と考えあわせると、街のひとたちは関わりあいになるのを避けているといったところだろう。 「なあ、これからどうする?」 「どうするって……」  足を止め振り返ったシュレンティスの表情は、いつになく深刻だった。伏せた顔や先を案じる声は、陰りを帯びている。さすがに責任を感じているのだろうか。つられて立ち止まったカザは、限りなく有り得ないだろうと思いながらも、一縷の希望を胸に抱いてしまう。 「そうだな、どっか酒場にでも入るか」  情報収集の基本となる場所をあげたカザに、シュレンティスが力なく首を振る。 「それで?」 「……んだよ、それでって」  カザは相棒を見下ろす。無駄につきあいが長い分だけさすがに、いやな予感がこれでもかとのしかかってくる。 「だから、今夜の宿はどうするつもりなんだって訊いてんだよ」 「……シュール。おまえこの期におよんでまだ寝るつもりか」  責任を感じていないだけに反省もしていないらしい。一縷の希望が崩壊する音を聞きながら、カザはシュレンティスを胡乱に見る。だがそんな視線など、容姿に反比例した図太い神経の持ち主にはかけらも効力をおよぼすわけもない。シュレンティスは腰に手を当て胸を張った。 「言っとくけどな。オレはこんな刺激に乏しい陰気くせえ街で、一時間だって起きてる自信、かけらもねえからな」 「威張んなッ、んなことで! 第一、今日はまだ起きてから四半日も経ってないだろうが」 「カザ、生き物っていうのはな、眠らずには生きていけないものなのだよ――おまえは違うのかもしれねえけどな」 「おまえは寝過ぎなんだ、かなり」  それでも物凄く控えめな表現なのである。そのカザに、シュレンティスはムキになって地面を蹴った。 「んだとッ。そしたら訊くけどな、一日で済むかもしれねえ、二日かかるかもしれねえ、下手したら一週間も二週間もかかるかもしれねえってのに、おまえはその間眠らねえっつうんだな。ああ絶対寝んなよ、絶対だぞ」  何故そこで威張るのか、シュレンティスはますます胸を張った。その後ろ頭を殴りつけておいて、仕方ないとカザはため息をついた。  シュレンティスはそれでなくても目立つ。が、黒髪黒眼の民族の中に金髪緑眼では、カラスの群れの中に一羽だけクジャクかフラミンゴでも混じったように目立つ。巡礼に多くの人種が訪れるソーレルだからこそまだしもだが、それでもさっきからちらちらと盗み見るような視線を感じているのだ。この上、子供が駄々を捏ねるようにひっくり返られるのだけは、カザはどうあってもごめんしたかった。外聞が悪いにもほどがある。 「わかった。先に宿を取ろう」 「んああ!? んな金のもったいねえことができっかッ」 「じゃあどうしろっつうんだ!」 「お兄さんたち……」  頑是無く不平不満をばかりを言い募る相棒に、いい加減キレて頭をかきむしったとき、不意に女の声が割って入った。  内容はとてつもなく軽量だが、渦巻く空気だけは重量級の二人である。その間に臆することなく入ってきた襟元で髪を一つに束ねた女性は、にっこりとひとなつっこく微笑む。 「あのね、道の真ん中で騒いでたら、いきり立った祭社の兵隊さんたちにしょっ引かれちゃうわよ」  自身の肩越しに視線を流した女につられ、カザとシュレンティスは女の視線を追う。  社兵だ。水路から上がってきて、何事かを話しあって顔を突きあわせていた彼らは、二人ずつに別れて三々五々に散っていく。 「警鐘が鳴ってただろ。祭社で何かあったんじゃねえのか?」  男たちの肩を押して社兵に道を譲った女は、シュレンティスの問いに忍び笑う。 「どうもね、どこぞのツワモノが祭社にドロボウに入ったらしいの」

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