Ⅲ.困った人たち(ⅱ)

「陰気くせえ街」
 初めて訪れた街を物珍しげに見回して歩いていたが、活気のない街にすぐに飽きたシュレンティスが、身も蓋もない感想を口にした。
 ソーレルでは水路をまたぎ越すのに橋を探さなければならない分、徒歩には便が悪く、街人は小船を使う。だがまだ宵の口だというのに、参道水路にあるのは社兵を乗せた祭社の船ばかりだ。いつもなら高級宿が遊覧に出している屋形船も、土産物や飲食物など荷を積み上げた屋台船の姿もなければ、宿や土産物屋、飲食店など、参道沿いにずらりと軒を並べる店の多くも、すでに明かりを落としている。わずかに営業している店も葬儀の席の方がまだしもという様子で、水を打ったように静まり返っていた。
 高級な店が並ぶ参道から逸れると、明かりのついた店も多い。船の行き来も、人の姿も、疎らではあるがある。しかし人々は少数で寄り集まり、何かを避けるふうに小声で言葉を交わしあっていた。

 明らかに常の状態ではない。街道で見た光景と考えあわせると、街のひとたちは関わりあいになるのを避けているといったところだろう。
「なあ、これからどうする?」
「どうするって……」
 足を止め振り返ったシュレンティスの表情は、いつになく深刻だった。伏せた顔や先を案じる声は、陰りを帯びている。さすがに責任を感じているのだろうか。つられて立ち止まったカザは、限りなく有り得ないだろうと思いながらも、一縷の希望を胸に抱いてしまう。
「そうだな、どっか酒場にでも入るか」
 情報収集の基本となる場所をあげたカザに、シュレンティスが力なく首を振る。
「それで?」
「……んだよ、それでって」
 カザは相棒を見下ろす。無駄につきあいが長い分だけさすがに、いやな予感がこれでもかとのしかかってくる。
「だから、今夜の宿はどうするつもりなんだって訊いてんだよ」
「……シュール。おまえこの期におよんでまだ寝るつもりか」
 責任を感じていないだけに反省もしていないらしい。一縷の希望が崩壊する音を聞きながら、カザはシュレンティスを胡乱に見る。だがそんな視線など、容姿に反比例した図太い神経の持ち主にはかけらも効力をおよぼすわけもない。シュレンティスは腰に手を当て胸を張った。
「言っとくけどな。オレはこんな刺激に乏しい陰気くせえ街で、一時間だって起きてる自信、かけらもねえからな」
「威張んなッ、んなことで! 第一、今日はまだ起きてから四半日も経ってないだろうが」
「カザ、生き物っていうのはな、眠らずには生きていけないものなのだよ――おまえは違うのかもしれねえけどな」
「おまえは寝過ぎなんだ、かなり」
 それでも物凄く控えめな表現なのである。そのカザに、シュレンティスはムキになって地面を蹴った。
「んだとッ。そしたら訊くけどな、一日で済むかもしれねえ、二日かかるかもしれねえ、下手したら一週間も二週間もかかるかもしれねえってのに、おまえはその間眠らねえっつうんだな。ああ絶対寝んなよ、絶対だぞ」
 何故そこで威張るのか、シュレンティスはますます胸を張った。その後ろ頭を殴りつけておいて、仕方ないとカザはため息をついた。
 シュレンティスはそれでなくても目立つ。が、黒髪黒眼の民族の中に金髪緑眼では、カラスの群れの中に一羽だけクジャクかフラミンゴでも混じったように目立つ。巡礼に多くの人種が訪れるソーレルだからこそまだしもだが、それでもさっきからちらちらと盗み見るような視線を感じているのだ。この上、子供が駄々を捏ねるようにひっくり返られるのだけは、カザはどうあってもごめんしたかった。外聞が悪いにもほどがある。
「わかった。先に宿を取ろう」
「んああ!? んな金のもったいねえことができっかッ」
「じゃあどうしろっつうんだ!」

「お兄さんたち……」
 頑是無く不平不満をばかりを言い募る相棒に、いい加減キレて頭をかきむしったとき、不意に女の声が割って入った。
 内容はとてつもなく軽量だが、渦巻く空気だけは重量級の二人である。その間に臆することなく入ってきた襟元で髪を一つに束ねた女性は、にっこりとひとなつっこく微笑む。
「あのね、道の真ん中で騒いでたら、いきり立った祭社の兵隊さんたちにしょっ引かれちゃうわよ」
 自身の肩越しに視線を流した女につられ、カザとシュレンティスは女の視線を追う。
 社兵だ。水路から上がってきて、何事かを話しあって顔を突きあわせていた彼らは、二人ずつに別れて三々五々に散っていく。
「警鐘が鳴ってただろ。祭社で何かあったんじゃねえのか?」
 男たちの肩を押して社兵に道を譲った女は、シュレンティスの問いに忍び笑う。
「どうもね、どこぞのツワモノが祭社にドロボウに入ったらしいの」

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