Ⅲ.困った人たち(ⅰ)

 大陸の南東に位置するクークトカ国は、東の太陽帝国、西のカザリスタに次ぐ大国である。
 このクークトカでは、瑞獣神(ずいじゅうしん)と呼ばれる聖なる獣を信仰している。
 東の守護神は青龍、西の守護神は白龍、南の守護神は赤龍、北の守護神は黒龍。
 特に、青龍神は川に、白龍神は道に、赤龍神は池に、黒龍神は山に、その力が宿りやすいとされる。故に、東に川、西に道、南に池、北に山と、四方を囲まれた地は四神相応の地といわれ、末永い繁栄を約束されるという。
 クークトカは東をソーレル川、西をサリジス街道、南をイデュル海、北をオリオ山に囲まれた四神相応の地であり、それぞれの地に神を祭る社と、巫(かんなぎ)を置いている。
 神事の一切を取り仕切る巫――祭主(さいしゅ)は、額に第三の目と呼ばれる天眼(てんげん)を戴き、それを通じて神と言葉を交わすことのできる預言者だといわれる。
 祭社(さいしゃ)と祭主を置くことで四神相応の力をより強固なものとしたクークトカは、その恩恵に浴してか、歴史は聖王国フィランディアに次ぐ長さを誇っていた。

 

 石造りの青龍祭社はソーレル川の流れに、身を浸して建っている。シュレンティスが聞いたという夕方になる鐘は、その祭社の閉扉を告げる鐘だ。だというのに、巨大な大扉はいまだ開かれたままだった。
 水の都の二つ名を持つソーレルは、川の西岸に張りつくように半円に広がり、街中に水路が巡らされている。中でも、街の門から真っ直東へ貫く太い水路を、参道水路と呼ぶ。船溜りと、その周りを取り囲み川に面して長く伸びる広場から構成された祭社前広場へと、参道水路は続く。
 その祭社前広場にも、川中にそびえる祭社にも煌々と篝火が焚かれ、胸に青龍神の紋章をつけた兵士たちが鋭い視線を周囲に配っていた。彼らは青龍祭社の社兵である。

 広場前の参道脇に並ぶ建物の影からその様子をうかがっていたカザは、広場の中央に建っている青龍王の巨大な像に見入っていた。
 四本の足を持つ蛇体の神――青龍神。
 だがそれはクークトカ独自の呼称だ。
 世界で知られる名は、水の精霊王――水王である。
 半身をもたげ、今にも飛び立とうとする躍動感に満ちた像の右前足には、別名如意宝珠(にょいほうじゅ)とも言われる龍玉を握りしめている。
 いつまで見ていても飽きない、何故だか子供の頃から無性に惹かれる――その姿に。

「ホントに関係あるのかな? 水王と、年間降雨量の激減とか、西の国の砂漠化とか、水の精霊が眠りについたこととかって」
 今現在、すべての水属の精霊はその活動を停止して眠りについている。
 精霊と一口に言っても、シュレンティスのように実体を持つこともできる高位精霊は圧倒的に少数だ。普通の精霊はひとの目には映らない。その見えない精霊を見、心を交わし、契約した者が魔法使いと呼ばれるのだ。
 その魔法使いたちの間で、水精を見かけなくなったという話題が出始めたのがちょうど一〇年ほど前。五年ほど前には魔法使いと契約している水精も、次々と眠りについている。
 ただシュレンティスだけが、現在目覚めている水精なのだ。
 だが、間断なく眠気が襲ってくるらしく、しきりに眠いを連発する羽目になっていた。
 精霊が動かないということは、今までにない異常事態だった。それは世界が、緩慢にだが確実に滅びにむかっているということだ。
 だから魔法使いの学び舎ヴィストールでは、水精の眠りの理由を解明しようと躍起になっている。が、いまだ手がかりさえもつかめていないのが現状だ。
 その理由について何がしかの心当たりを訊ねても、現在目覚めている唯一の水精であるシュレンティスには、心当たりさえないらしい。そう明言しているにもかかわらず、流石におまえのせいだとは言い出さなかったが、それに近い邪推をしている者もいるのは確かだった。
 そんな中でただヴィストールの学長ヴィルティータ・フェノミナだけが、水の精霊王にその理由を求めている。
 ヴィルティータは自説を証明するために水王に会う必要があり、ヴィルティータの代わりに水王に会うことが、カザが破壊した校舎の修繕費という借金帳消しのための交換条件なのだ。

 後ろ首を押さえて首をひねっているカザに、青龍祭社へと目を向けたまま振り返りもせず、シュレンティスはさぁな、と呟く。
「けど、自分の配下の精霊が原因不明の眠りにとらわれてるっつうのに、なんの解決にも乗りださねえんだから、あながち無関係ってこともねえだろ」
 何を思い返しているのか、痛みを含んだ目で青龍祭社を見つめるシュレンティスが、それにな、と、苦い声を聞かせた。
「オレも知りてえんだよ。何故水属が眠りについたのか、一度は眠りについたのにオレだけが目覚めて、起き続けてられんのか……」
 声をかけようとして続ける言葉を見つけられず、カザは口を閉ざした。
 シュレンティスは起き続けていることで、自身を特別視していないのは確かだった。ただ、ことこの件になると彼はひどく口が重くなる。語りたがらないのは、自分の右手のように何かいやな記憶がまとわりついているのだろうかと、カザは右手に目を落とす。
 語れないわけでなく、言葉を選ぶのが難しいというか、単にその気になれないだけのことかも知れないが。

「やっぱダメだ。こっからじゃわっかんね」
「わっかんねって、どうするんだよ」
「一番手っ取り早いのは、祭主に水王とつなぎを取ってもらうことだろ」
 水王の気配を窺うことを早々に投げだして、水の精霊は自分たちの王を祭る社に背を向ける。青龍神の像を名残惜しく一瞥してから、カザはあわてて相棒の背を追った。
 シュレンティスの言葉通りソーレルに到着するのは一足遅く、二人が駆けつけたときには街の門はがっちり閉ざされていた。その上、門前には暴力的な気配をまき散らす社兵がいて、二人は締めだしをくらった。潔く諦めたかったがそういうわけにもいかず、子どもの頃のいたずらの記憶をさかのぼって、抜け道からこっそり塀の中へともぐりこんだ。そして真っ直ぐに、水王を求めて祭社にきたのだ。

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