プロローグ

きしみをたてて舟が祭祀場を離れた。息を呑むような静けさに支配されたその場に、ささやかなはずのきしみが大きく響く。
昼に生きるものたちは、すでに深い眠りの中にいる時間だ。夜空を映した川面は闇よりなお暗く、篝火を受けぬらぬらと底を見通せない、黒々とした流れを作っている。
青龍神が宿る河――ソーレル。
彼の神を祭る青龍祭社は河のただ中にそびえ、その祭祀場は階段状に河の中へと続いている。そこから青龍神の御胸に滑り出した舟には、一人の少女が横たわっていた。
年の頃は一四、五。艶やかな黒髪に蒼褪めた肌、硬く閉ざされた三つの目――両目と額の第三の目――天眼。たくさんの花々に彩られ、少女は流されていく。

船首に青龍神の像を戴いた白木の舟は、小さいながらも立派なものだった。だが、舟を見送る者はたった六人。でも少数なのは決して、彼女に人望がなかったからではないことは、場に満ちる空気で容易に知れた。
小船を見送る参列者の中から、空へと一筋、光の柱が延びる。参列者たちの、真っ黒な外套を頭からすっぽりとかぶった姿は、死の神の使役を思わせる。その中の一人の、舟を追うように差し向けた掌から、光が音もなく放たれたのだ。最初の光を合図に、同じ姿の他の四人の掌からも、次々に光が放たれた。
船を追い延びる光輝。それは黒衣の者たちの、最高級の礼だ。
虚空に五本の光の柱が延びたのを見届け、青を基調にした衣を着た少女が進み出た。年の頃は一四、五。艶やかな黒髪に蒼褪めた肌、そしてつりがちの大きな黒い両目と、額の青い第三の目――天眼。
舟で流された少女と似た容姿の少女が、濡れるのも構わずきざはしを下り、そっと水面に額づいた。
少女は祈る。ソーレル河に宿るはずの神へ。

どうか、どうか彼女があなたの御許へ召されますように。
矛盾だ。とんだ茶番だ。
祈ってどうなる。祈ったところで少女の言葉を、彼の神は聞きとどけない。
だけどそれでも祈る以外に、少女にできることはない。だから祈らずにはいられない。祈ることだけが、できることのすべてだから。祈って、祈って、せめて彼女が青龍神の御許へと招かれるように。
祈る。
少女がふっと顔を上げたときちょうど、篝火が照らしだす光の輪から小船が出ていくところだった。闇へと溶けていく舟を見つめ、残された少女はただ祈り続けた。

滑るように流された舟は、光の輪から離れ、誰の目にも届かないほど遠く流されたとき、不意にたぷんと小さく揺れた。
再び、今度はもう少し大きく揺れる。それは弾みをつけているかのようだった。
次に揺れたときにはあらがいきれず、舟は水中にのまれた。

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